第十一話 マイケルの妻

「なに!? 依頼が受注されただと!?」


 港湾管理局局長のフリドニクス・ベンヤングは、秘書のモンテオ・ザッハから報告を受けて唖然とした。馬鹿らしくて誰も受けないように、報酬を雀の涙ほどに落としたのだから無理もない。


「どこのどいつだ、その酔狂な輩は」

「ユウヤ・ハセミです」

「ユウヤ・ハセミ? どこかで聞いた名だが……」


「鉱山ロード、と言えばお分かりになるでしょうか」

「鉱山ロードだと!? まさか手形の件がバレたのではないだろうな」


「それはないかと。もしバレていたなら、鉱山ロードではなく警備隊がやってくるでしょうし」

「奴がここに来るというのか!?」


「すでにイエデポリに入ったようです」

「なぜもっと早く知らせなかった!?」

「受注の情報が入ったのが今朝でしたので」


 通常であればこのような情報は、公共機関ですぐに共有されるべきものだった。しかしフリドニクスがいくつもの疑いの目を向けられていたため、各機関が情報に規制をかけていたのである。


 結果、彼がそれを知ったのは優弥たちがイエデポリに入ってからだった。つまり、容易く逃げられないというわけだ。


「マイケルの家族はどうしてる?」


「父母はすでに他界。妻がおりましたが、自宅はもぬけの殻でした」

「鉱山ロードに先を越されたのか?」


「いえ、おそらくは無関係かと。彼らが到着したのはつい今し方ですので」

「奴は一人か?」


「女四人と一緒です。うち二人は護衛のようですが」

「ふんっ! 四人の女連れとはいいご身分だな」


 モンテオはそれを貴方が言いますか、とは思っても口には出さなかった。


「いかがなさいますか?」

「検死したデリックとかいう町医者は始末したんだろうな」

「間違いなく。ゼブラレオのエサにしましたので」


「そうか。なら下手に動くと怪しまれるだろう。まずは奴らの動きを探れ」

「承知致しました」


 ところが優弥たちは、すでにフレドニクス局長の動きを封じる手段を講じていたのである。



◆◇◆◇



 優弥が依頼を受けた直後、イエデポリの職業紹介所を通じて病死したとされるマイケル・オーハンの妻の身柄を確保した。これは依頼が受注されたことを知ったフレドニクスに、万が一にも彼女を誘拐したり殺害したりさせないためである。


 ところで、王都グランダールからイエデポリまでの旅は予定通り順調だった。ちょうど馬車が一日で進む距離ごとに宿場町があり、その他にも旅人の訪問を見越した村が点在する。


 お陰で優弥たちは野宿することなく、各宿場町で疲れを癒すことが出来た。


 さらに馬車には暖を取る設備、具体的にはキャビンの底で木炭を燃やし、その熱で湯を沸かして床を暖める床暖房があった。湯は温かい飲み物としても利用出来るため、五人は寒さを感じることなく過ごせたのである。魔物や盗賊の被害に遭うこともなかった。


「それで、ユウヤはこれからどうするつもりなの?」

「まずは保護されたマイケルさんの奥さんに会おうと思ってる」

「私たちになにか出来ることはある?」


「今のところないかな。四人は観光を楽しんでくれればいい。ただし絶対に四人で行動すること。シンディーとニコラから離れることがないように」


 一行が泊まるのはイエデポリの職業紹介所が用意してくれた最高級の宿だった。安全上の観点からそこしか考えられなかったそうだ。


 とはいっても宿代は自腹である。五人の旅は表向きは観光目的で、優弥の肩書きは宿の者以外だと極一部にしか知らせていない。


 さらに宿の周囲といくつかの部屋には、職業紹介所が手配した護衛の傭兵たちが配置を終えていた。もちろん彼らへの報酬も優弥持ちである。


「これで四人で美味しい物でも食べておいで」

「いいの!?」


 ポーラに小金貨二枚を手渡す。


「なにか欲しい物があったら買ってもいい。もし足りなかったら後で言ってくれ。ただしポーラ、貴金属はダメだぞ」

「わ、分かってるわよぉ」

(コイツ買うつもりだったな)


「私たちもよろしいのですか?」

「ああ、シンディーもニコラも遠慮は無用だ。せっかく港町に来たんだから、記念になるような土産でも買うといい」

「「ありがとうございます!」」


 宿から四人を送り出すと、優弥も部屋を出て職業紹介所に向かう。マイケルの妻ドロシーは現在、紹介所の職員用宿舎にかくまわれていたからだ。


「はじめまして。ユウヤ・ハセミと申します」

「では、貴方様が鉱山ロード様なのですか?」


 ドロシーは二十代半ばといった感じで、長く艶やかなパールピンクの髪が印象的な美人だった。しかし今は憔悴しきった様子で顔色も悪く、美しさは鳴りを潜めている。突然夫を失ってから間もないのだから無理もないだろう。


 なお彼女の傍らには、優弥と二人きりになるのを防ぐ意味合いもあって、ユーニスのいう名の女性職員が付き添っている。無用な憶測を生まないための処置なので、彼がそれで気を悪くすることはなかった。


「ご主人のことはお悔やみ申し上げます」

「ありがとうございます……ですが主人は……」


「死因に疑わしいところがあると、港湾管理局のフレドニクス局長が調査の専門家の派遣を依頼されたんでしたね」

「はい。でもなかなか受注して頂けず……」


 依頼されたことは確認出来ても、第三者に報酬額まで知らされることはない。だが彼はあえてそれが低すぎたとは伝えなかった。


「安心して下さい。俺が受注しましたので」

「ありがとうございます! ありがとうございます!」


「では早速ですが、ご主人が亡くなった時のことを詳しく教えて頂けますか?」


 夫人は涙を堪えつつも、その時の状況を語り始めるのだった。

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