第十話 港町イエデポリへ

「私たちもお供させて頂けるのですか?」

「ぜひ! ぜひお供させて下さい!」


 港町イエデポリへの旅行という名の調査に同行の可否を確かめると、シンディーとニコラは揃って目を輝かせた。なんでも久しぶりに魔物を討伐したいそうだ。危険はないに越したことはないが、恐れずにいてくれるなら心強い。


「二人は御者は出来るか?」

「はい。馬車の扱いでしたら問題ありません」


「だとすると馬車だけ借りればいいか。ポーラ、職業紹介所でも頼めるかな?」

「予算は?」


(異世界あるあるだとわずかな時間で尻が痛くなるみたいだからな。ここは一つ……)


「上限はナシ、乗り心地優先で。野宿の可能性も考えるとキャビンは五人でも寝られるくらいの広さがあって、暖が取れる設備が付いていると尚ありがたい」

「それだと二頭立てになるだろうから、かなりするわよ」


「構わんさ。念のため二週間、延長可能なのを手配してくれ」

「分かったわ」


 そうして彼は改めてシンディーとニコラに向き直る。


「道中の警護を任せることになるので、報酬は一日当たり小金貨一枚だ。それとは別に魔物や賊などに出くわした場合は危険手当も出そう」

「「ありがとうございます!」」


「途中の食事や宿代もこっちで負担するから、ソフィアとポーラの警護をしっかり頼む」

「あの、旦那様の警護は……?」


「俺? 俺は大丈夫。基本的には魔物も賊も俺が相手するから」

「「そんな!」」


「あははは。二人はソフィアとポーラを護ってくれればそれでいいよ」

「ユウヤさんは強いから心配ないですよ」


 二人は夜盗を討伐したのが優弥だと知らないので、ソフィアに言われても釈然としない様子だった。


「あ、魔物は狩りたいんだっけ。だったら手に余る時だけ助太刀するよ。素材も全て二人にあげるから小遣いにするといい」

「よ、よろしいのですか!?」


(素材を残すとなると全力はマズいかな)


 実は先日のこと、久しぶりにレベルが15に上がり、HPやSTR、DEFは約165万に跳ね上がっていたのだ。それと共に新たなスキルも生えていた。


 そのスキルとは『追尾投擲』と『遠見』。追尾投擲とはナイフや石ころなどを投げると、その名の通り命中するまで追尾するスキルだ。しかも標的を視界に捉えている限り、どこまででも追いかけていく。むろん木の陰に隠れる程度なら逃すことはない。


 遠見もその名の通り、遠くまで見えるスキルである。体感で五百メートルほど先まで見渡せるようだ。


 数日前にグルール鉱山ではるか遠方にサーベルウルフを見つけたので、小石を拾って投げつけてみた。その際にSTRをMAXに上げたせいで、命中と同時にサーベルウルフの体が跡形もなく消し飛んでしまったのである。


 また、おそらく小石を投げた瞬間に速度が音速を超えたのだろう。爆音が轟いたせいで、鉱夫たちが一斉に坑道から飛び出してきたほどだ。彼が知らん顔をしたのは言うまでもない。


(アタマを撃ち抜くだけならどのくらいSTRを乗せればいいかな)


 とにかく役立つことが間違いのないチートスキルなので、彼は無限クローゼットにかなりの数の大小さまざまな小石を放り込んでおいた。


 その無限クローゼットもレベルアップの恩恵を受けて、入り口を示す枠線を一気に約三十メートル四方にまで広げられるようになっていた。何の役に立つのかは分からなかったが、大きいことはいいことである。


 ところで鉱山ロードとバーベキューを条件に入れた人材募集には、優弥たちの予想をはるかに上回る人数の応募があった。募集人数は三人で、前回の護衛募集での失敗を踏まえ給仕経験のある女性としたにも拘わらずである。


 もっともある程度は覚悟していたので、あらかじめ職業紹介所で試験が行われた。


「後は女将さんが面接してくれ」

「十人も来るとはねぇ」


 そしてシモンが選んだのは四人。予定より一人多かったが、それだけ忙しいのだそうだ。そのうち優秀な一人か二人は、ソフィアたちが戻った後も本人が望めば雇い続けたいとのことだった。


「ソフィア、そんなに忙しいのか?」

「私は慣れましたけど、シンディーさんとニコラさんはヘトヘトになってますね」


「マジか。そんなんでソフィアの護衛なんて出来るのかよ」

「心配しなくても大丈夫です」

「そうか」


 ちなみに今回も令嬢や使用人を送り込んできた貴族がいたそうだ。優弥が彼らからの招待や訪問を一切受け付けないとしている以上、願ってもないチャンスと受け止めたのだろう。


 もちろん、令嬢はともかくとして貴族家の使用人であれば給仕はお手のもの。しかし今回の募集では、優雅さは欠片も求められていない。


 そのため試験はシモンの指定により、ロレール亭と同じ十卓四十席の客に、いかに早く正確に料理や飲み物を運べるかとの実戦形式で行われた。


 当然本物の食材を使うわけにはいかないので、運ぶのは料理名が書かれた紙の置かれた器だけ。しかしそれを三人一組で一時間続け、オーダー捌きも要求される。体力も重要なファクターということだ。


 貴族家の令嬢や使用人に、この激務を熟せる者は一人もいなかった。そもそも彼女たちは走るということをしないので、最初の十分ほどで不合格を言い渡されてしまった者もいたようだ。


 また、例によって試験には落ちたものの、職業紹介所には何とかバーベキューに参加させてもらえないかとの打診もあったらしい。優弥は当然の如く取り合わないようにと伝えたが、その中に王家と関わりの深い公爵家があったそうで担当者は頭を抱えていた。


 断るなら優弥に会わせろと強引な仲介を求めたため、彼はその公爵家の離れのような建物を大岩で潰して脅しをかけたのである。これを知らない担当者が、突然公爵家が要求を取り下げてきたと不思議がっていたのは言うまでもないだろう。


 そんなことがあった翌日、馬車の手配が済んだとポーラが知らせてきた。彼女が手配したのは上級貴族御用達の超高級馬車で、サスペンション機構まで装備されているので乗り心地もかなりよさそうだった。通常は金を積んでも平民に貸すことはないらしい。


 しかし鉱山ロードが使用すると伝えたら、まるで手のひらを返すように貸し出しに応じたとのことだった。


「御者と世話係も無料で付けるって言われたけど断ったわ」

「正解だな。そんなのは邪魔でしかない」


「そうね。鉱山ロードとしての優弥に取り入りたいだけだろうし」

「まったく、人気者は困るぜ」


「またそんなこと言って。天狗になってるとソフィアに嫌われるわよ」

「あははは。そりゃ勘弁だ」


「わ、私はユウヤさんを嫌ったりしません!」

「ソフィアはいい子だなぁ。ポーラも少しは見習ったらどうだ?」


 こうして港町イエデポリへの旅が始まるのだった。

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