第十四話 遺族会

「やはり出ましたか!!」


 優弥が職業紹介所のユーニスに頼んだのは港湾管理局の資金の流れ、出納帳の記載内容の調査だった。


 彼女は密かに出納係に接触し、マイケルが死亡した日の前後を含む記録を手に入れたのである。むろんその出納係の身柄は事が済むまでマイケルの妻ドロシーと同様、職業紹介所で保護していた。


(仕事が出来る女性は頼もしいねえ)


「マイケルさんが亡くなった日、金貨五百枚あまりの出金が記録されてました。出納係に確認したところ、筆跡はマイケルさんのものに非常によく似ているとのことです」


「彼は四カ月も休んでいたんですよね。それなのにその人は彼の筆跡を覚えていたんですか?」

「ほら、ここの五百の五のところ、はね方に特徴があるので覚えていたそうです」


 さすがに翻訳の指輪に頼っている彼には、文字の特徴はあまりよく分からなかった。しかしユーニスに言わせると、普通はそんなはね方をしないそうだ。


「その金貨五百枚あまりというのは、財務局で見つかった手形と……?」

「完全に一致します」


 彼はようやくトマム鉱山で働く鉱夫や、崩落事故で亡くなった鉱夫とその家族、そしてソフィアが報われる時がきたことを確信した。


 港湾管理局の局長フレドニクスが黒であることもこれで証明される。財務局に換金済みの手形を送るのに、局長が関与していないとは考えられないからだ。


 後は処分を王国に任せるか、それとも優弥が個人的に処理するかである。そこで彼は実際に被害を被ったソフィアと、夫を殺されたドロシーを呼んで望みを聞くことにした。


 もちろんそこに他の者は同席させていない。


「まずソフィア」

「はい」


「君とご両親の手形を奪ったのが誰か判明した」

「本当ですか!? 誰なんですか!?」

「それはまだ言えない」

「そうですか……」


「ソフィアに聞きたいのは、犯人をどうしたいかということだ」

「どうしたいか、ですか?」


「一つには王国に突き出して裁きを受けさせること。君のご両親を直接殺したわけではないけど、他の容疑もあって処刑は免れないと思う」

「…………」


「もう一つは俺が犯人を殺すことだ」


 想像以上の痛みや苦しみを与えるので、両親やこれまでの自分の悔しさのいくらかは晴れるだろうと彼は伝えた。


「王国に委ねた場合は、他人が裁くのでなかなか恨みは消えないと思う。ただそれは今後の気持ちの持ち方次第で、忘れられなくても薄れていく可能性はあるんじゃないかな」


「私は……私や他の鉱夫さんたちの悔しさを晴らしてほしいです。でも、そのためにユウヤさんの手が血に染まることは望みません」

「それでいいのか?」


「ユウヤさんはどうしてそこまでしてくれようとするのですか?」

「知ってるだろう? 俺は身内には甘いからさ。ソフィアを苦しめた奴が許せないだけだよ」


「ユウヤさん……ありがとうございます。でも、私はユウヤさんに人を殺して下さいとお願いすることは出来ません」

「ま、ソフィアならそう言うとは思ってたけどね」


 そして彼はドロシーに視線を向ける。


「さてドロシーさん。貴女にも同じ質問をしたいと思います」

「はい」


「貴女のご主人、マイケルさんを殺した主犯が分かりました。罰を与える方法はソフィアに話したのと同じ二通りあります。どうしたいですか?」


「鉱山ロード様、私がこの手で主人の仇を取ることは叶いませんでしょうか?」

「うーん、仇討ちを願い出るという手はあるようですが……」


 彼女がそう言うだろうことは予想出来たので、彼はあらかじめユーニスに、仇討ちが被害者遺族の正当な権利として認められていることを確認済みだった。ただその場合は犯人にも抵抗が許され、返り討ちに遭えば罪にすら問えなくなってしまうそうだ。


 もちろん他人の優弥には助太刀の権利などない。よって彼が直接手を下すというのは暗殺を意味していた。そして暗殺の場に彼女をその場に連れていくということは、彼が殺人に関与したことを知る者を作ることになる。


 一人での仕事なら証拠を残すようなヘマはしないが、証人がいては万一の時に言い逃れが出来なくなってしまう。故に夫人の望みを叶えるには、仇討ちの権利を行使する以外にはなかった。


「仇討ちには遺族以外の助太刀は認められていないんですよ。だから俺は手助け出来ません。誰かご遺族に助太刀してくれそうな人はいますか?」

「いません……」


「でしたら仇討ちはお薦め出来ませんね。王国に委ねても厳しい拷問は免れないと思いますよ」

「分かりました。では悔しいですけど王国にお任せします」


「辛い気持ちはお察しします。ですが亡くなったご主人も、ドロシーさんが一日も早く立ち直ることを望んでいると思いますよ」


「鉱山ロード様に私の気持ちなんか……」

「ドロシーさん!」


 いきなり大声を出したのはソフィアだった。


「ソフィア?」


「ドロシーさん、ユウヤさんは奥さんとお嬢さんを災害で失ってから、まだ一年も経っていないんです。ですから私やドロシーさんの気持ちが分からないなんてことはありません!」


「鉱山ロード様が奥様とお嬢様を……?」

「娘は可愛い盛りでしてね。今でも目を閉じると抱っこをせがむ姿が浮かびます」


「そうでしたか。失礼なことを言って申し訳ありません」


「いえ。そんな俺でも今はソフィアやポーラが支えてくれてます。ドロシーさんにもいつかそんな相手が見つかることを祈ってますよ」

「ユウヤさん……私もユウヤさんにはたくさん支えてもらってますよ!」


「あははは。それじゃ後でポーラにもそう言ってやってくれ」

「はい!」


「お二人を見ていると羨ましいです。私も今は難しいですけど、天国の夫に心配かけないように生きていこうと思います」


 そう言って涙ぐんだドロシーは数カ月後には見事に立ち直り、事件や事故で家族を失った人たちと共に遺族会を立ち上げることになる。


 そしてそれを知った優弥が活動資金として金貨十枚を贈ると、王国中の貴族が遺族会を鉱山ロードの肝煎りと勘違いして、挙って寄付を申し出るようになったのだ。


 お陰で遺族会は王国にもその存在を認められ、後に犯罪及び事故被害者救済事業として発展を遂げていく。そして彼らにより、多くの遺族が路頭に迷うことなく暮らしていく術を手に入れるのだった。

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