第九話 疑惑の港湾管理局
「おかしいのよね」
「ポーラの顔がか?」
「ぷふっ!」
夕食を終えた一時、ポーラのふとしたつぶやきに優弥がいつもの通り茶々を入れる。ちょうど茶を口に含んだソフィアがそれを聞いて吹き出した、というところだ。
「もう! ユウヤさん、笑わせないで下さい!」
「聞いたかポーラ。お前の顔は笑っちゃうほどおかしいらしいぞ」
「違います! 違いますからね、ポーラさん!」
いつもならここから憎まれ口の応酬が始まるのに、ポーラはどこか上の空だった。さすがにこれは放っておくべきではないだろうと、優弥とソフィアが顔を見合わせる。
「ポーラ、なにか心配事か?」
「ポーラさん、私たちに相談しませんか?」
「え? ああ、ごめんなさい。ちょっと考え事をしていただけなの……」
「大丈夫ならいいけど」
「そうね、仕事のことだから詳しくは話せないけど、よかったら二人の意見も聞きたいわ」
ポーラ曰く、それは誰も引き受けようとしない依頼に関することだという。
「依頼主はある公共機関なんだけど、報酬が安すぎるのよ」
「だったら誰もやりたがらないのは普通じゃないのか?」
「私もそう思います」
「そうね。だけど仮にも公共機関として依頼を出すのよ。相場を知らないわけがないし、お金に困ってるなんてこともないでしょうから」
「なるほど。そう考えると不自然だな」
「受けてもらうつもりがないとかでしょうか」
「俺もソフィアの意見に賛成だな」
「やっぱりそう思うわよね」
「仕事の内容は?」
「とあることへの専門家の派遣依頼なんだけど、ごめんなさい。これ以上は詳しく話せないの」
ポーラの立場であればそれは仕方がないだろうと、優弥もソフィアも納得した。
「しかしなぜ公共機関がわざわざそんな依頼を出したんだ?」
「そこが分からないのよ」
「受けてもらうつもりがないのなら、依頼を出した事実が必要だったとか、でしょうか」
「依頼を出した事実?」
「ソフィア?」
「あ、すみません。単なる思いつきですから……」
「いや、あながち間違いじゃないかも知れないぞ」
「ソフィア、あなた天才だわ!」
「しかしそれが分かったとして、なぜそんなことをしたのかまでは分からないだろう?」
「それがそうでもないのよ」
ポーラは身を乗り出し、依頼内容について詳しく話すから、絶対に口外しないようにと念を押してきた。それもどうなんだと優弥は思ったのだが――
「依頼主は港湾管理局の局長、フリドニクス・ベンヤング。依頼内容は病死したとされる局員の死の真相を探るための専門家派遣よ」
「ずい分と胡散臭い依頼だな」
「病死というのが疑わしいのでしょうか」
「実はこのフリドニクス・ベンヤングなんだけど、以前からよくない噂があるの」
「例えば?」
「局員の失踪、商人との癒着、裏組織との繋がり。でもどれも決定づける証拠がないのよ」
「局員の失踪というのは?」
「これまで何人かの局員がお金を持ち出して行方不明になってるんだけど、それからしばらくするとフリドニクスの口座にお金が振り込まれているの」
「そんなの確定じゃないのか?」
「そう思いたいんだけど、振り込まれる額は持ち出された額よりも一桁くらい多いのよ」
「その前に自分の口座からお金を引き出したりはしてないのでしょうか」
「ええ。彼の口座からは時々買い物をしたと思われる出金記録しか残ってなかったわ」
むろん行方不明者の捜索願いは出されているし、そのタイミングにも疑わしい点はなかった。また、失踪した者が港湾管理局のある港町イエデポリを出たという記録もなく、人も金も見つかってはいない。
「ポーラ、いなくなった局員に若い女性はいなかったか?」
「え? ええ、いたわよ。というか全て女性……まさか!?」
「どういうことですか?」
「人身売買、奴隷として売り飛ばしたんじゃないかってことだよ」
「そんな! ひどい!」
「奴隷の肩書きに港湾管理局員なんてあったら、さぞや高く売れるんじゃないのか?」
「表では無理でしょうけど、裏なら確かに……」
「それに港から船で連れ出せば足もつきにくいだろ」
「ユウヤさん、その人たちを助けてあげることは出来ないんですか?」
「すでに売られていれば難しいかもな。しかし……ポーラ、その仕事は俺でも受けられるのか?」
「鉱山ロードの肩書きを持つユウヤに、受注制限なんてあるわけないじゃない」
異世界あるあるのランクなどによる受注制限があるのかと聞いてみたが、そもそも職業紹介所が認めれば仲介は成立するとのことだった。肩書きは条件として依頼に明記されていない限り関係ないらしい。
「でも、イエデポリまでは馬車で五日よ」
「遠いな……いっそ皆で行くか?」
「いいわね!」
「いいんですか!?」
「ポーラもソフィアも、仕事休めるのか?」
「私は大丈夫だけど、ソフィアが休むとシモンさんが困らない?」
「そうですよね……」
「シンディーとニコラにがんばってもらうしかないか」
「あ、二人はお留守番ですか?」
「留守中の家の番もあるから連れては行けないかな」
「そうですか……」
「ん? ソフィアは彼女たちが一緒の方がいいのか?」
「そうですね。出来ればですけど……」
「ふむ」
優弥は考えた。護衛の二人は雇ってからまだ日が浅い。ロレール亭でも一緒に働いているからそれなりには打ち解けているようだが、気心が知れたというにはもう少し時間が必要だろう。
それなら往復十日間に加えて、イエデポリでの滞在期間は一気に距離を縮めるチャンスではないだろうか。問題は留守中の警備だが特に金目の物があるわけではないから、時々シモンに様子を見に来てもらうだけで十分だと思う。
(元々空き家だったんだし、それで問題ないか)
「ポーラ、俺の名前を出したらロレール亭でソフィアたちが抜けた分の穴埋め、集まるかな」
「使い方次第だと思うわよ」
「ロレール亭で僕と握手! てのは……」
「悪手ね」
「…………」
「でしたらバーベキューにご招待、というのはどうでしょう?」
「それはソフィアがバーベキューやりたいだけじゃないのか?」
「えへっ。バレました?」
「待って、その案いいかも知れないわよ」
ポーラが言うには、このところ貴族の間でバーベキューが流行っているとのことだった。下手に夜会を開いたりするよりも金がかからず、どれだけ珍しい食材を集められるかが勝負の分かれ目なのだそうだ。
それが庶民の間で話題となっており、バーベキューに憧れている者も多いという。庶民にはバーベキューセットが簡単には買えないほど高価だったのである。
「なんの勝負だよ」
「貴族様はプライドが命だから」
「ま、それで集まるならいっか。シモンがオーケーすればバーベキューの線でいこう」
そして翌朝、優弥がシモンに話を通し、職業紹介所で人材の募集が開始された。
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