第八話 換金済みの手形
「えっと……」
優弥の誕生日の翌朝、ソフィアが朝食の準備をしていると四人の男が訪ねてきた。それは見覚えのある顔で、トマム鉱山での崩落事故の際に彼女の救出に手を貸した者たちだ。
「ローガンさん、でしたっけ?」
「ソフィアちゃん、足はもういいのかい?」
「はい、お陰さまですっかり治りました」
「それはよかった。ところでユウヤがここに住んでるって聞いてきたんだけど、あれからずっと一緒に?」
「はい。ポーラさんも一緒ですよ」
「ポーラさん……もしかして職業紹介所の指導員の?」
「そうです」
「ユウヤの奴、隅に置けねえなぁ」
「あの、ユウヤさんにご用ですか?」
「あ、悪い。ユウヤもそうだけどソフィアちゃんにも関係あるかな」
「でしたら中へどうぞ。ただユウヤさん、まだ寝てるんですけど……」
とにかく四人をリビングダイニングに招き入れ、ささっとお茶を出してからソフィアは優弥を起こしに行く。部屋に入ると自慢のベッドから上半身がずり落ちた状態で、みっともない寝姿を晒していた。
「ユウヤさん、ユウヤさん」
「んー?」
「起きて下さい。ローガンさんがお見えです」
「んー、分かったぁ……」
しかし彼はそのままいびきをかき始める。昨夜はずい分遅くまでポーラと呑んでいたようで、さすがに簡単には起きてくれないことは分かっていた。
それでもローガンの話はかなり急ぎで重要な内容とのこと。起こさないという選択肢はない。
「ユウヤさん、起きて下さい! ユウヤさん!」
両肩を掴んで少し強めに揺する。それを繰り返していると、ようやく彼が半目を開けた。
「んー? ソフィアぁ?」
「起きて下さい。ローガンさんが大事な話があるそうです」
「ローガン? 誰ぇ? ソフィアぁ」
「きゃっ!」
そして彼女はいきなり抱きしめられてしまう。
「ふへへぇ、ソフィア柔らかいぃ、いい匂いぃ」
「ゆ、ユウヤさん!」
必死に藻掻いて抵抗するが、寝惚けていても相手は大の男である。その力に華奢な彼女が抗えるわけがなかった。
「ユウヤさん、離して下さい! ユウヤさん……いやっ!」
幸せそうな表情の優弥が、抱きしめた手で彼女を撫でまわす。その手がついに尻にかかろうとしたところで、不意に自由を取り戻すことが出来た。顔を上げるとローガンが優弥の手を引き剥がしてくれたようだ。
バチンッ!
「おうふっ!」
ソフィアがローガンに顔を向けると目を閉じて深く首肯されたので、涙目になりながらも優弥の頬を思いっきり引っ叩いた。見事な紅葉が刻まれた瞬間である。
ところで本来なら化け物のような
それはたとえ悪ふざけでも、ソフィアとポーラが彼を殴ったり蹴ったりした時に怪我をさせないためだった。
ちなみにこのDEFの値が調整出来る件については、夜盗狩りの後に気づいた能力だ。あの時アニキと呼ばれていた男が彼を殴り、その腕が変な方向に曲がったのを見て思った。
(DEFが常時MAXだとマズいよな)
そう考えたら、STRもDEFも都合よく思い通りに調整出来るようになっていたのである。
「そ、ソフィア? いてて……」
「ユウヤさんのエッチ!」
「はえ? えっと……」
「優弥、見損なったぞ」
「あれ? ローガンがどうして?」
「なにか大切なお話があるそうですよ」
「大切な話?」
ソフィアから受けたビンタで目は覚めたが、ひとまず顔を洗ってから優弥はリビングダイニングに向かった。なぜビンタされたのか説明がないので釈然としないながらも、ローガンたちの雰囲気からすると楽しい話題ではなさそうだ。
彼はローガンが求めたので、ソフィアと共に席に着いた。
「ユウヤ、それにソフィアちゃん、手形が見つかった」
「えっ!?」
「それじゃソフィアたちの金が戻ってくるのか?」
「いや、残念ながら換金された後だったんだ」
ローガンが悔しそうに拳を握り締める。
「おかしいじゃないか。無効の通達はされてたんだろ?」
「ああ……」
「だったら換金したところが責任取るんだよな?」
「それがそうもいかないらしい」
「どういうことだよ?」
「どこで換金されたか分からないんだとさ」
「はあ?」
「換金済みの手形は、月が変わると王国の財務局に移送して一年間保管される。その後は焼却だ」
「まさか焼却……はないよな。見つかったって言ったし」
「焼却はされてなかった。しかし換金済みの手形なんて不要品みたいなもんだからな。財務局に運ばれた時点で一緒くたにされちまうんだと」
つまり見つかった手形は、すでにどこの公共機関が換金に応じたのかは分からなくなってしまったというのである。
「いやいや、おかしいだろ。換金したらその機関なり担当者なりの印とかサインとかがあるんじゃないのか?」
「日付も含めて、それがなかったから手形が見つかったんだよ」
たまたま財務局の職員が、手形の束からずれた一枚を見て気づいたという。本来サインがあるべき場所が空白になっていたからだそうだ。
「どこかの機関の職員が関わってるのは間違いないんだがな」
「ならそういう人間を雇ったのは王国なんだから、王国に払わせればいいじゃないか」
「それを認めたら王国のメンツが丸潰れだろ。確固たる証拠でもない限り職員が犯人だなんて認めるわけがないさ」
まして警備隊は庶民には強いが、貴族が絡むと途端に尻込みしてしまう。いいところまで追い詰めても、結局天の声で捜査が打ち切られることも多々あるからだ。誰しも無駄骨は折りたくないだろう。
しかしだからと言ってこのまま泣き寝入りしていい問題ではない。王国にとっては取るに足らない額でも、鉱夫たちやその家族には死活問題なのである。
「国王なり宰相なりを締め上げるか」
「ユウヤ!?」
「ユウヤさん!?」
「いや、冗談だから」
二人がまるで優弥にはそれが可能でもあるかのように思っている様子に納得いかなかった。もっとも不可能ではないのが事実ではあるのだが。
(俺をなんだと思ってるんだか)
「ま、ソフィアには申し訳ないが、単なる鉱夫に出来ることなんてないさ」
「ユウヤさん、悔しいですけど絶対に無茶はしないで下さいね!」
「わ、分かってるって」
言いながら彼は、どうにかして犯人を炙り出せないかと考えるのだった。
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