第五話 崩落事故

「鉱山の穴掘りって稼げるのか?」

「ふぇ?」


 一瞬虚を突かれたような表情を見せたポーラだったが、すぐに指導官の顔に戻った。


「あ、はい。それは間違いありません」

「どれくらい?」


「んー、ハッピー……ユウヤ様と同じくらいの年齢の方で特技がない場合の平均収入は、月に金貨二枚から多い方で三枚ほどです」

「ほうほう」


「鉱夫さんは働く日数で左右されますが、仮に週六で日の出から日没まで働いたとしたら、金貨五枚から多ければ十枚に届くかも知れません」


 聞くとこの世界でも一週間は七日で、一日は二十四時間とのこと。最初はこんな質問をした彼に怪訝な表情を向けたが、当人が召喚者だと思い出して納得したようだった。


 彼女によると一カ月はきっちり三十日で一年は十二カ月。年の終わる十二月の後の二日間と始まりの一月の前の二日間は王国祭が大々的に執り行われ、真ん中の一日は女神に捧げる日として、家の外に座って二十四時間の断食が断行されるそうだ。


「もちろん、断食は健康な成人のみの儀式ですけど」

「成人は強制ってこと?」


「いえ、不参加でも罰せられることはありませんが……」

「が?」

「信用は失いますね」


 この世界での信用なら来たばかりで元々ないから問題ない、とは言い難い。おそらく彼女の言う信用とは、失えば物を売ってもらえなくなったりする可能性もあるからだ。


 話があらぬ方向に逸れてしまったが、この世界のことを知る機会だったのだから仕方がない。色々な部分で日本、いや、この場合は地球と言うべきだろうか。とにかく大きな違いがなさそうなので一安心といったところだろう。


 であれば、生きていくために仕事を得る必要がある。常人からはるかに突き抜けたパラメータの持ち主の彼にとって、収入の多い鉱夫の仕事は実は天職なのではないだろうか。


「その鉱山ってどの辺にあるの?」

「グルール鉱山でしたらここ、王都グランダールから西に五キロほどのところです」

「五キロか、微妙に遠いな」


「ご心配には及びません。ここを出たところにあるカナル停留所から送迎馬車が出ています。鉱夫さんは無料ですよ」

「そうなんだ」


 五キロなら歩いても片道一時間前後だろうが、この世界の道は日本ほどきちんと舗装されているわけではない。それは補足として説明されたことからも窺える。


「ただ、大雨が降ると道が泥濘ぬかるんでしまうので馬車は出ません」


 だから歩きにくい場所もあると考えれば、馬車があるのはありがたいと言うべきだろう。大雨で馬車が出ないなら休めばいい。鉱夫の出勤、欠勤は自由だそうだ。もちろん休めばその分の収入は減る。


「分かった。紹介してくれ」

「えっ!? いいんですか?」

「ああ」


「あの……今さらなんですが……」

「うん?」


「実は鉱山では毎年少なくない数の人が、崩落事故などで亡くなるんです」


「高い報酬は危険手当込みってことだろ?」

「それは……そうですけど……」

「俺は召喚者だからこの世界では天涯孤独だ」


 日本でもそうだったけどな、との言葉は呑み込んだ。それに不慮の事故で死ぬなら本望じゃないか。今のパラメータで簡単に死ねるかどうかは別として、だ。


「だから気にしなくていいよ。そうだな、もし俺が死んだら花の一本の手向けてくれ」

「ユウヤ様……かしこまりました。手続きしておきます。二日後にまたお越し下さい」


 本心か芝居かは知る由もないが、ポーラは神妙な面持ちで彼を見送った。


 過酷な労働を強いられる鉱夫の中には、犯罪奴隷や借金奴隷も多くいるという。もちろん彼らとは掘る場所が分けられていると言っていたが、一度ひとたび山に入ってしまえば境界などあってないようなものだろう。


 そんなところに初めは騙し討ちのような形で送り込もうとした彼女が、途中から態度を変えた理由は分からない。彼が乗り気になったと見て万が一の時に罪悪感に苛まれないように、自己弁護のための盾を用意したに過ぎないだけとも考えられる。


「ま、どっちでもいいけどな」


 誰にともなくそう独りごちてから、宿に戻ってもすることがないので王都を散策してみることにした。



◆◇◆◇



「うわっ!」

「お、おい、マズいんじゃないか?」


 一人の鉱夫が力一杯ツルハシを振り下ろした時だった。突然水が噴き出し、地鳴りのような音が聞こえたのである。それから間もなく壁や天井がパラパラと崩れ始めた。


 そこは採掘作業が行われている坑道の最奥部。とは言っても出入口から三十メートルほどのところだ。比較的広い空間が確保され、すでに崩落に対する仮補強も済んでいたのだが。


「崩れるぞーっ!」

「皆、逃げろっ!!」


「ソフィア、出口に走って!」

「ここを出るんだ!」


 ソフィアと呼ばれた少女のダークブラウンの美しい髪にも、パラパラと小石が降り注いでいた。まだあどけなさの残る長い睫毛の下、翡翠色の大きな瞳には恐怖が浮かび上がっている。


「お父さん、お母さん!」

「早く逃げるぞ!」

「荷物は!?」


「クッ! 父さんが取ってくる。お前たちは先に逃げなさい!」


 そう言って父のケビンは荷物が置いてある坑道の奥へと引き返した。


 三人で働いて王都に家を買う。それが親子の夢だった。そのために危険だが割のいい鉱山の仕事を選んだ。


 借家に住むより過疎村の宿は安い。このトマム鉱山から歩いて三十分ほどのところにあるコロダ村の宿は、そんな親子に打ってつけだった。


 しかしまともに鍵のかからない不便さもあり、貴重品や着替えは宿に置いておくと盗まれてしまう可能性がある。仕方なしにそれらを持って鉱山に入り、傍に置いて仕事をしていたというわけだ。


 だからそれがないと食事も着替えも出来ない。親子にとってはなくてはならない大切な財産だったのである。

 だが――


「お父さん! お父さん!!」


 最初は小さな石ころがコロコロと転がる程度だったが、それが大粒になると後は一瞬だった。

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