第四話 仕事を求めて
日本語で書かれているわけではなかったが、確かに建物の看板の文字は『職業紹介所』と読めた。ちなみに翻訳の指輪を外してみると全く読めない。それどころか通りを行き交う人々の雑談さえ、意味を成さない声にしか聞こえなかった。
(この指輪がなければ軽く死ねるじゃん、俺)
今さら死ぬことが嫌なわけではない。結局死ねなかったのだから大きなことは言えないが、例えば不慮の事故で死ぬのなら本望だ。しかし、言葉が分からず孤立して死ぬというのはさすがに頂けない。この指輪は何よりも大切にしよう。優弥は固く心に誓ったのだが……
(翻訳もスキルみたいになればいいのに……)
ふとそう考えた時、不意にステータスウインドウが開いた。そして元は文字化けしていて今は『レベルアップによるパラメータ2倍』や『歩行による経験値獲得』が表示されているすぐ下に、新たに文字が浮かび上がっていたのである。
彼はそこをスキルスペース、現れた能力はスキルと呼ぶことにした。ラノベやアニメを模したネーミングだが、それが最もしっくりくるし分かりやすかったからである。
ところで浮かび上がった文字に、最初は苦笑いした彼だったが――
(無限クローゼット? どう考えてもタイミング的には翻訳が生えるところだろ。いや、待てよ……)
クローゼットというからには収納、いわゆるアイテムボックス的なものではないだろうかと考えてみる。どうやって使うのかと悩んでいると、いきなり玄関の扉を象ったような淡い光の枠線が現れた。
ちなみに色々試してみると、どうやらこの枠線はある程度大きさが変えられるようだ。最大で六畳くらいになった。他に目視可能な範囲なら、十メートル先でも出現させることが出来たのである。
(あそこに放り込めばいいのか?)
だが特に持ち物がなかった彼は、足許に転がっていた小石を野球のピッチャーよろしく投げ込んでみた。するとステータスウインドウの横にサブウインドウが現れ【
さらにその下に『取り出し』と『廃棄』というボタンのような文字まであった。
(そこら辺の小石だし、いらねっしょ)
迷わず『廃棄』を指で押すと、一瞬で【火成岩】の文字が消えてしまった。ちなみにコロンと音がしたのでそちらに目をやると、どうやら小石は元の場所に戻ったようだ。
(確認なしかよ。元に戻ったのは驚きだけど……)
物理的な法則から考えると、消滅してしまう方がはるかにおかしい。元あった場所に戻るというのも謎ではあるが、それが最も妥当な現象とも言える。
とにかく今後蓄えた物の中で、実は貴重品でしたという物をうっかり廃棄してしまっては目も当てられない。それが分かっただけでも小石を放り込んだ意味はあった。
もっとも今の目的はスキルの考察ではなく、仕事探しだ。彼はそれを思い出して職業紹介所の扉を開いた。
(うん。ハローワークだな、これは)
ハローワーク、いわゆる公共職業安定所の愛称である。彼も退職して失業保険受給の手続きやらで何度か訪れたことがあった。
もちろんここには端末などの設備はなかったが、窓口や場の雰囲気がハローワークそのものだったのである。ただ、フロアは一般的な小中学校にあるような体育館を思わせるほど広く、天井も高い。
そのせいか職員も窓口も多いため、順番待ちでごった返している様子はなかった。
(宿屋の女将がバカでかいって言ってたのも分かる気がする)
彼は辺りを見回して受付窓口を見つけると、三人並んだ中で一番見た目が好みの女性職員の前に座った。名札にはポーラと書かれている。その上に指導官とあるから、もしかしたらそれなりの地位にある人なのかも知れない。
「いらっしゃいませ。こちらは初めてですか?」
「あ、はい」
「では身分証をお出し下さい」
言われて彼は城でもらった身分証としての木札を差し出した。
「召喚……失礼致しました。ところでハセミユ……ハッピー様は何か特技などはございますか?」
(アンタもハッピー呼びかい!)
などと心の中で抗議してみたものの、彼女が悪いわけではない。
「特にないけど」
「かしこまりました。こちら少々お預かり致しますので、そのままお待ち下さい」
「はい……」
(何か問題でもあったのだろうか。それにしては彼女には訝しんだ様子は見えなかったが……)
しかし席を立って五分ほどで戻ってくると、木札を返してから彼女は同じサイズの別の木札を差し出してきた。そちらは白地に黒文字だったが、書かれている内容は『召喚者』の部分が『冒険家』に変わっている以外は同じ――
「冒険家ぁ?」
「すみません。召喚者というのはあまり知られない方がいいと思いますので。特技もないとのことでしたし、こちらで適当な肩書きを付けさせて頂きました」
「な、なるほど」
「ハッピー様はどのようなお仕事をご希望ですか?」
「その前に、名前の修正とか出来ないかな?」
「名前ですか? 確かに引くほど長いですけど……」
「引かないでくれよ。それ、間違いだから」
「え!?」
「本当の名前は
「そうでしたか。ですがこの黒い身分証は王国発行の特別なものですので、一般用に複製する場合、肩書き以外の改ざんは認められていないんです」
肩書きは専門職に就けば、その職種が記載されるとのことだった。
「どうしても直したければ、お城に行って頂くしかないのですが」
「またあそこに行けって?」
ついさっき放り出されたばかりだから、今行っても十中八九門前払いされることだろう。
「面倒だからいいや。それより俺でも出来る仕事はありそう?」
「そうですね……肩書きが冒険家ですから、鉱物の採取などはいかがですか?」
「なあ」
「はい?」
「それってまさか鉱山で穴掘りやれってことじゃないよな?」
「どうして分かった……い、いえ、決してそのような……」
「今、どうして分かったって言ったよな?」
可愛いと思って窓口を選んだが、ポーラはとんだ食わせ者のようだ。鉱山といえば、彼の異世界知識では危険な仕事の代名詞と言える。この世界の者ではない彼など、鉱山で死んでも構わないくらいに思われたのかも知れない。
「まさかこれを見越して肩書き決めたとか?」
「へ? あ、あれぇ? よく聞こえませ〜ん」
目が泳いでいるのがありありと見てとれた。さすがにここまでされるとは思ってなかったので、彼は怒りを通り越して呆れてしまう。
しかし冷静になって考えてみると、HPもSTRもその他のパラメータもずば抜けているのだ。鉱山での採掘ならツルハシなり何なりを振り回すだけだろうし、集中すれば余計なことを考えずに済むかも知れない。
クタクタになって帰ってくれば、すぐに眠ってしまうことも出来るだろう。となると選択肢として切り捨てるのは早計というものだ。
そこで彼は最も重要な情報を求めることにした。
「ポーラさんよぉ」
「ひゃっ、ひゃい!」
「鉱山の穴掘りって稼げるのか?」
何とか理由を付けてその場から逃げ出すことを考えていた彼女は、思いがけない質問にキョトンとして何度も瞬きを繰り返すのだった。
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