第三話 金貨が使えない?

 さらに彼は目を疑った。それは召喚の間で見せられた時に文字化けしていた部分である。


『レベルアップによるパラメータ2倍』

『歩行による経験値獲得』


 次のレベルアップまでは残り九千歩ほどとなっていた。城から放り出された後に歩いた歩数はほんのわずかだから、レベル10以降はアップに必要な経験値も大幅に増えるということだろう。


 試しに無意味に歩いてレベルを11に上げると、次に必要な経験値は十万歩だった。だがHP体力は10万オーバーで、当然STR力強さDEF防御力も同じ値になっている。すでに勇者のパラメータを大きく超えてしまったというわけだ。


(9999でカンストじゃなかったのかよ)


 しかもかなり早足で歩いたのに、全く疲れを感じていない。

『つまりあれか? ドラ○エで出てきた【しあわせの○○】的なあれなのか?』


 レベルアップによるパラメータ2倍というのは、レベル10から倍の20に上がったらパラメータも倍になるということではない。レベルが1つ上がる毎にパラメータが2倍になるということだ。


 つまりこの先レベルが20になれば、HPは5千万を超える計算になる。


 あの王様は一般的な成人男性のHPは500、STRは700と言っていた。ということは今の彼はHPで約二百倍、STRで百四十倍強のパラメータなのである。


 ちなみにこれらを表示するステータスウインドウは、呪文を必要とするわけではなく、彼が見たいと念じればいつでも現れて、いつでも消せるということが分かった。


 そこでまたまた試しに道行く人に対して念じてみると、10インチほどのウインドウに名前や職業、パラメータなどが問題なく表示されたのである。さらにこのウインドウは彼にしか見えないようで、覗かれている本人に気づかれることもなかった。


(よし、なるべく盗み見はやめよう。盗み見いくない!)


 善意のように聞こえるが違う。美しい少女に目を引かれて覗いたら、齢三百歳の魔女の擬態と分かったからだ。


(魔女とかいるんだな)


 ろくな説明もされずに金貨だけ渡されて放り出された彼には、この世界に対する知識が圧倒的に不足している。


 隠された能力があったお陰で何かの拍子に即死することは免れたようだが、HPが10万超えでも食えなければ飢えて死ぬしかないはずだ。実際わずかだが空腹も感じ始めている。


(そうとなったら腹ごしらえ。いや、こういう場合は先に宿を探すのがセオリーか)


 アニメやラノベの世界でも、まずは宿を見つけてそれから冒険者ギルドに登録しに行くというのがほとんどだった。もっともその冒険者ギルドとやらがあれば、の話だが。


『確か職業紹介所とか言ってたよな。もともと冒険者ギルドってのもそんな意味合いの設定が多かったし、宿を取ってから探しに行ってみるか』



◆◇◆◇



「あー、兄さん、金貨しかないのかい?」

「? すまない、これしか持ってないんだ」

「うちは一泊銀貨三枚、朝夕の食事付きでも銀貨五枚なんだよ」


 ひとまずロレール亭という宿は見つけた。女将の名はシモン。恰幅がよく、こんなことを言っているが気風もよさそうな中年女性である。


 しかし寝心地がいいかどうかも分からないうちから連泊は危険なので、素泊まりで一泊してみることにした。ところが先払いの代金として金貨を出したら文句を言われた、というところである。


 どうやら銀貨一枚は日本円で千円。つまり素泊まり一泊の代金は三千円だから、日本人の感覚としてはかなり良心的といえた。朝夕の二食付きでも五千円というのは妥当な価格だろう。

 出される食事が固いパンと味のしないスープのみならボッタクリと言えるが。


 それはともかくよく考えてみると、代金三千円に対し十万円を出して釣りを寄越せとくれば嫌な顔をされても仕方がない。女将によると、金貨の両替には手数料がかかるそうだ。


「両替してこないとダメか?」

「食事付きで十連泊してくれるなら手数料なしで釣りを出すよ」


「女将、もしかしてやり手だな?」

「ふん! 商売は舐められたら終わりなのさ!」


「飯が固いパンと味のしないスープだけってことはないだろうな?」


「バカにするんじゃないよ! うちは貴族様に出したって恥ずかしくない料理を出してる宿だ! 朝はパンとスープとサラダだけどね! パンはふかふかで食べ放題だよ!」


「そ、そうか、分かった。十連泊で頼むよ」

「よしきた! それじゃ釣りはほら、小金貨5枚だ」


 つまり小金貨一枚は日本円で一万円ということである。まとめるとこうだ。


 金貨一枚十万円。

 小金貨一枚一万円。

 銀貨一枚千円。

 他に銅貨一枚が百円で、鉄貨一枚十円らしい。

※通貨単位はあらすじの方に載せてます。


「ところで女将さん」

「なんだい?」


「職業紹介所ってどこら辺かな?」

「なんだ、アンタ仕事探してるのかい?」

「ああ、そんなところだ」


「宿を出て左にまっすぐ、三階建ての緑色の建物が職業紹介所だよ。バカでかいから行けばすぐに分かるさ」


 どのくらい歩けばいいのか聞きたかったが、次の客が来たようなので遠慮するしかなかった。まあ、歩けば経験値になるのだから散歩気分で行けばいいかと、その足取りは軽い。


 そして教えられた通りに行くと、五分ほどで目的の建物に辿り着いたのだった。

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