第二話 無能の所以
その部屋は召喚の間と呼ばれているそうだ。
そこは日本とは異なる世界の、モノトリスという王国だった。ゼノアス大陸の北端にあり、大陸中でもっとも弱小の国家である。ただし港があるお陰で貧しいというわけではない。
また、モノトリス王国は唯一勇者召喚が行える国で、そのため周辺国も簡単に攻め込むことが出来なかった。何故なら、勇者の力はたった一人で一国を滅ぼせるほどと恐れられていたからである。
「勇者エリヤ殿はささ、あちらへ。今後のことを話し合わねばなりませんので」
「Oh! ユウヤはどうなりますか?」
「悪いようには致しませんのでご安心下さい」
先ほどゴルドンと呼ばれた男が、エリヤを促して召喚の間から出ていった。それを見届けてから国王が突然語り始める。
「女神ハルモニアは申された。異なる世界より勇者となる者を貰い受けるには、代償にその世界で無能と言われる者をセットで引き受けなければならないと」
国王ミシュラン・グランダール・モノトリスはさらに言葉を続けた。しかしその表情は苦虫をかみつぶしたように険しい。
「だが無能と言えどもすぐに殺すことはならぬ。最低一年は生きながらえるようとり計らえ。その後はのたれ死のうと構わんとな」
「それが【勇者の抱き合わせ】……」
「そういうことだ」
「ガン○ラかよ」
1980年代初頭に発売された件のプラモデルは空前のブームとなり、売れていないプラモデルとセットで買わせる『抱き合わせ販売』が横行。例えば三百円のプラモデルが欲しければ、輪ゴムなどで括りつけられた百円とか二百円の、欲しくもないプラモデルも一緒に買わなければ売ってもらえなかったのである。
つまりその『売れていない、欲しくもないプラモデル』に当たるのが彼、優弥というわけだ。
「いやいや、だったら元の世界に帰らせろよ!」
「それは叶わぬ。女神ハルモニアとの約定だからな」
「そんなの知るか! 勝手にこんな世界に連れてきやがっ……」
「その翻訳の指輪は下賜してやる。一年分の生活費として金貨二十枚、加えて召喚者であることを示す身分証もだ。これがあれば職業紹介所で仕事も紹介してもらえるだろう」
「人の話を聞けよ!」
「帰ることは叶わぬ。諦めろ」
「くっ……!」
「金貨二十枚あれば、贅沢をしなければ一年は十分に暮らせる。帰りたい気持ちは分からないではないが、それで矛を収めてくれ」
国王の左側、ゴルドンとは反対側にいた男性が憐れむように言った。他の誰もが彼を見下す中で、その男性だけは本当に同情しているようだ。
ところで金貨二十枚は、日本円換算でおよそ二百万円程度と想像がつく。つまり金貨一枚十万円といったところだろう。ただ、この世界でのたれ死なずに生きていくためには心許ない額である。
「話は終わりだ。それらを持って早々に立ち去るがよい」
「いや、立ち去るったってどっちに行けば……」
「ふん! この無能を城からつまみ出せ!」
「はっ!」
いきなり甲冑の兵士に両脇を抱えられ、足が浮いてしまった彼は抵抗することも出来ずに引きずられ、やがて城門の外に放り出されてしまうのだった。
◆◇◆◇
(異世界召喚とか、参ったな)
辺りを見回してみれば、石畳やレンガ造りの建物が並んでいる。文明の進化具合は未知数だが、召喚の間の灯りが蝋燭だったことを考えても日本ほど進んでいるとは思えない。
ただ、ステータスウインドウなんてものを見せられては、魔法の存在は疑うべくもないだろう。現にエリヤのステータスにはMP、マジックポイントと思われる表記もあった。残念ながら彼にはなかったが。
(せっかく異世界に来たってのに、俺は魔法も使えないのかよ)
愚痴っても仕方のない事実である。
ところで渡された革袋には確かに金貨二十枚と、クレジットカードサイズの身分証らしき木札が入っていた。黒地に白抜きで『召喚者』の文字と名前、ご丁寧にも『ハセミユウヤ・ニホンジン・サイコーハッピー』と刻まれている。聞かれて答えた年齢の記載もあった。
厚さは三ミリくらいあるから簡単に割れたりすることはなさそうだ。
(それにしても女神ハルモニアだっけ? なんかムカつく! 勇者を召喚したいからって、無能な者を【抱き合わせ】で受け入れるとかあり得ねえだろ、フツー)
そのフツーに考えれば送り出した方にも恨みをぶつけるべきなのだろうが、彼はそちらにはあまり怒りを感じてはいなかった。
それには理由がある。
二十七歳の彼にはすでに身寄りがなかった。両親は彼が大学を出て間もなく交通事故で死亡。特に親戚付き合いもなかったので、それで孤独になったというだけなら後の人生を憂うまでにはならなかったかも知れない。
実は彼には妻と娘がいた。その最愛の家族を、半年前の自然災害で失ってしまったのである。
以来何事にもやる気を感じることが出来ず、仕事も辞めて一日中塞ぎ込む毎日が続いた。目を閉じれば浮かんでくる妻と娘との楽しい日々。だがもう二度と二人に会うことは叶わない。
あの愛おしい日々は帰ってこないのである。
(
外から戻れば寒々とした、灯りの消えた部屋が待っているだけ。仏壇に飾られた笑顔から声が聞こえることはないのだ。
(死のう。死んで俺も二人の許へ逝こう)
何度そう考えたことだろうか。
ある日はマンションの屋上に立ち、ある日は踏切の脇に佇み、ある日はホームで通過する特急列車を眺めていた。河川敷で水面を見ていると涙が溢れた。
だが、死ねなかった。彼には死ぬ勇気すらなかったのである。
(無能……間違っちゃいないってか……)
突然異世界に召喚されて気が昂ぶっていたようだが、こうして一人放り出されて冷静になってみると、改めて自分には何もないのだと気づかされた。
「あのパラメータだって笑えるよな。国王ったって老人だろ。そのステータスに全く及ばないなんて……」
ところが、ぶつくさと声に出して独り言を呟いた時だった。彼の目の前に、今度は二十インチほどのステータスウインドウが開いたのである。
(あれ、魔法じゃなかったんだ……!?)
そこで彼はあまりの驚きに呼吸すら忘れるほどだった。
(な、なんだよ、これ……?)
表示されていたレベルは10。HPやSTR、DEFの数字は51200に跳ね上がっていたのだった。
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