第5話 自宅の古い百科事典も変わってしまった
後々、女は自覚するようになるが、マンデラエフェクト体験直後には全く自らの感情など、気付きもしない、出来なかった。余裕がなかった。
感情以上の激しい現実に翻弄されていた。
SNSでは、様々なジャンルの話題が寄せられて、検討され、ネット社会の達人たちがどこからともなく情報収集して、マンデラエフェクト関連の記事を挙げていた。
(……え?星座の山羊座の脚が魚?
……え?スフィンクスの脚が?長い?短い?)(これについては、後ほど改修工事が行われた世界線があった事が情報として挙げられている)
(……有名絵画が一部変わっている?)
ふと、そう言えば、10歳くらいの時に、両親がローンを組んで、全18巻の百科事典を購入してくれていたのを思い出す。
だか、女は、最初は珍しさから遊びながらパラパラとめくっていた数冊を除いて、殆ど真剣には活用していなかった。親不孝者である。記憶の彼方に飛び去っていた。
( ……あれ、どこにしまったかな。相当昔に本棚から抜いて、違う場所へしまい込んだと思ったけど……。いつまで経っても使わないから。
女はこういう時こそ活用しなければ、と、百科事典数冊を引っ張っり出した。
(全然使ってないけど、今使うから、許してね、お父さん!)
( ええと……ああいった情報はこっちだったっけ?うわあっ古い!)
それもそのはず。その百科事典は昭和52年製のもので、既に出版社は廃業し存在していない。コー◯出版のアカデ◯◯だった。
( 星座とか宇宙関連は確かこの辺に……あ、あった!数十年ぶりだけど、当時は星占いとかに興味を持ち始めた頃だったから、良く見てたと思うな。ええと、山羊座山羊座。そんな魚座みたいに魚の脚なんかじゃなかったよね。だったらまんま魚座じゃない…………!!)
山羊座のイラストは有った。
SNSに書かれていた通り、山羊座の脚が魚のように描かれていた。
(えっ!?何これ!ちょっと待ってよ! 確かに山羊座の脚は普通に山羊の脚だった!こんな違和感たっぷりの魚みたいじゃなかった!!おかしい!!こっちも変わってる、って事???)
女は急いでスフィンクスの画像を探した。脚は短かった。
が、こちらについては、後に改修工事が行われ、脚が長く変化した世界線が有るとの情報が入っている。
(おかしい!おかしいおかしい!)
某有名絵画も某女神像の胸が全てはだけて露わになっていた。半分近く見え隠れしていた記憶と異なる。どれもこれも、SNSで指摘されていた情報と一致していた。
(なんで?なんでなんでなんで?
私の記憶違い?)
確かに女は、頭が良いとは言えない。四十路半ばになってやっと気付いた事であるが、幼少期から、教科書や本を開いて授業を受けた時だけしか記憶が出来ないといったある種の学習障害があったのである。
自宅や図書館、列車内でいくら勉強しようと教科書や本を開いても、ものの五分で眠ってしまうのだ。どうりで宿題がやりづらかった訳だ。
予習復習やテスト勉強など、全く不可能であった。中間や期末テストなどは、どれだけ脳内に残っているかの博打打ちの様な代物であった。
おかしな事に、マンガだけは何時間も集中して読み続けられた。
そんな理由から、女は自分が記憶力が優れているとは思えず、だか、異体字や二点しんにょう等の明らかに未知の存在だったものが突如として現れ、また昭和60年製の職場の事典等も変化していた事もあり、ひとつの確信を得た。
本の中身が変わっている。
私の頭がおかしいのではない。
記憶違いでもない。
絶対に本の中身が変化している!
と。
女は、毎日SNSを訪れては、確認をしながら諸先輩マンデラー様方の情報を得たり、アドバイスを受けたりしながら、なぜこうも違和感たっぷりで、ここではないどこかへ帰りたいのか、頭がおかしくなってしまったのか、毎日の様に考えていた。
どんなに大先輩マンデラー様方に素晴らしい為になるアドバイスを頂いていても、なかなか腹に落ちてこない。
それより、このムクムクと湧き上がる苛立ちは、一体全体何なのだろう?帰りたいのだ、異体字や二点しんにょう等が存在しなかった世界に。
ここではないのは確かだ。が、元の世界線が消滅したか、こちら側へ融合されて、吸収されてしまったなどの意見も聞いた。職場環境や周囲の状況は殆ど以前の世界線と変わらないと感じた。
願えば叶う。引き寄せで今よりもっと素晴らしい世界線へ移れる。
そんな意見も聞いた。
が、女は、ただひたすら以前の世界線へと戻りたかった。
毎日毎日、朝起きて、戻れたか否かを期待を込めて確認していた。
……二点しんにょうが無くなる日は来なかった。
家にあった百科事典や職場にあった字典や辞書が違う。
SNSでは、内蔵の位置まで変わっているという情報があちこちに見受けられた。
女は、起床時から、何か行動を起こすタイミングがズレまくり、朝からイライラするようになった。
まさか躰が自分のものではない、などとは、夢にも考えていなかった。
(あの日は、本当に気持ち悪かった。今よりももっと、違和感が有った)
本人が躰ごとこちら側へ来たのだろうか?衣服や持ち物もそのまま?
持ち物は変わりない。自分のそれだ。仕事にしたって、今のところ不都合は無い。(四ヶ月後に発生するが、マンデラエフェクト当初は支障なかった)
だんだん月日を重ねるにつれ、どうも躰の動き方や、順番と言うか、習慣、行動がおかしいと感じる妙な気持ちになっていた。
違和感と絶望感、そしてイライラ。帰りたいのに帰れない。自宅に帰っているのに、である。この矛盾した気持ちにイライラが重なり、コロナ騒動も手伝って、何処へぶつけて良いか分からずに、無意識にSNSへと吐き出していた。
そうこうするうちに、老母と女のそれぞれの病院受診や健診の日程が近付いていた。
マンデラエフェクトをした月の下旬になっていた。
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