第4話 SNSとマンデラエフェクト体験者たち

 駅の待合室で、女はとあるSNSを開いた。特定のワードで検索をかけた。普段ならばしない行為である。女はそういう事に慣れていない。所謂機械オンチである。

 ガラケーを持つのも遅かった。スマホに変えたのはここ一、二年である。


 [マンデラエフェクト]


 恐る恐るSNS内で検索をかけた結果、昨夜遅く列車内や自宅で見た記事や映像、個人のブログ誘導に至るまでがどんどん流れて来た。追加あり、過去の分もある。

 (……嘘……夢じゃなかった……?いや、まだ長い夢の中? )

 女が夢を見る時は、殆どが短く、はっきりと覚えている場合が多かった。夢を見たらしい、という場合は、見ていない方にカウントされていた。

 夢の中では、それぞれが一度きりだが幽体離脱や瞬間移動、UFOらしき物体に吸い込まれて宇宙人は見えなかったが、地上に降ろされた時はパジャマ姿で裸足でアスファルトの上を歩いていた等、リアルであった。が、所詮夢である。短時間で場面転換も早かった。

 (こんなリアルで長い夢は見た事が無い……絶対変だよ絶対おかしい!絶対違う!)

 女はSNSで読んだ情報の数々に疑問を持ちながらも、情報発信者の平静さ、冷静さを不思議に感じた。

 (なんで? どうしてこの人たちは、普通に事象の差異を日常生活で普通に起こった様に発信しているの? 書いてある事は、普通に考えたら……頭がおかしくなったのか、狂ってしまったのか? ってレベルの話だよね? 発信のやり取りしているのも見える。わかる。わかるけど……理解出来ない……でも、でも、職場に昔からあった本の中身が……SNSに書いてある通りの内容に変わっていた!どういう事? 何が起きているの!)

 情報発信者たちは、自身の体験の他に多種多様な情報をしっかりと捉えて、自分なりの見解を示している様に感じられた。しっかり個々の意見や確信を持っている。『世界線』などと夕べ初めて聞いた、見た言葉を使って説明等をしてくれている。『複数』なる『世界線』を越えたという発信者……経験者も現れた。

 (え……『移動』が出来るの? それって、やっぱり私がに来ちゃった、って事だよね? だっておかしいから!家に帰ったのに『帰りたい』って思ったのはおかしいから! 何?私も世界線を越えたの? 移動が出来るのなら、帰れるの? どうやって? この人たちに聞けば帰れる?)

 女は見た目は平静さを保ち、内実は頭も躰もふわふわとしているかの如く不安定な状態であった。

 考え過ぎて列車に乗り遅れてはならない、と思える気持ちの余裕がどこにあったのだろう。不安定ではありながら、どこかが覚めていた。

……冷めていたとは思えない。



 帰宅して、夕食の支度も食すこともそこそこに、女は再びSNSを開いた。

 女はそこで再び衝撃的な内容の文や映像を目にしてしまった。

 心臓が左、左寄り、中央部の世界線が存在する?……胸骨有り、無し、有りの肋骨下部が完全に胸骨に付いていない世界線?……虫垂の位置が左右に分かれる?

 エベレストが高い?低い??

 東京タワーが建設時よりずっと紅白?赤一色……?

 これらを読み、映像を見て、女はとうとう自らがおかしくなったのか、頭の病か、心の病か、専門医の診断を受けるべきか、と……頭の片隅にそんな疑問が湧き起こった。 

 同時にに詳しく話を伺ってみたいとも思った。

 女はそれまで閉じた世界で生きていられたら本望であり、他人とはあまり関わらない人生を選んで生きて来たのに。

 いきなり知らない扉を無理矢理こじ開けられ、無造作に放り込まれたかの心境であった。

 女は、自覚せずに頭の片隅でいかっていた。

女は、ただひとつの願いを叶えるべく、SNSの情報発信者たちに疑問を投げかけた……よりは、投げ付けたか、ぶつけた、の方が正しいだろう。

 『どうしたら、元の世界線へ戻れますか? どなたか、無事に戻られた方はいますか? 頭がおかしくなりませんか? 病院へ行った方が? 私は◯◯の世界線から来たみたいです!』


 彼らは親切に、丁寧に、困惑している女に対して真摯に向き合い、持っている情報や見解を述べた。女に伝えた。教え、アドバイスを与えた。

 一体何処からそのような複雑な情報を得たのか……。

 得た情報を自分に落とし込み、把握して、他人に噛み砕いて伝え、その上で自らの身に起きた事柄を冷静に対処して、推測する。彼らは皆、頭脳明晰の様だ。

 女は短時間に大量の情報が脳内に流れ込んで来た為か、飽和状態になり、全く己とは無関係な彼らの会話を読んでいる内に、全てが自分に向けられているかの錯覚に陥ってしまった。

 あちこちのツリーに口を挟み、馴れ馴れしく知らない事を知らない者である彼らに対して無遠慮で不躾な質問をし、意見を伝えた。無我夢中である。五里霧中で疑心暗鬼。カオスであった。

 殆どの情報発信者は内心はどうあれ、新参者の女の相手をしてくれた。

 が、彼らの一部の中には、当然の如く、女を対象外として、拒否をした。

 それくらい、女には常識が欠如していたのである。

 拒否をした彼らも、相手をしてくれた彼らも、同じ状況に居た人々だという事に女は全く気が付かずに、思慮が欠けていて状況判断が不可能であった。

 彼らは様々な世界線からやって来ているらしい。

 人体内図ひとつを取ってみても、胸骨の無い世界線、有る世界線、肋骨が全て胸骨に付いている世界線、肋骨下部は不完全に胸骨に付いている世界線……。

心臓の位置は、完全に左側、やや左寄りが多数。

 ・元の世界線は現在の世界線と融合的なり吸収なりされたのではないか?帰る場所は無いだろう

 ・願えば叶う。叶いやすい。ネガティブな感情は下部の世界線へと導かれる。ポジティブ思考になった方がより良い世界線へと移行出来る

 ・身体は進化し、より丈夫により健康になるべく日々変化を遂げている

 ・日本国内は元より、世界、いや、地球自体に意思が有るかの様に動き続けている。地図は刻々と姿を変えている

・精神科、心療内科、神経内科の受診は止した方がいい。ひとりではないこと。ありとあらゆる者たちがありとあらゆる世界線から集結している。また、ネットに繋がってはいても、其れ其れ異なった世界線から同一場面……ネットに繋がっている可能性が大である

……この他にも様々な貴重な意見、アドバイスを与えられた女は……。

 翌日、自宅の古い百科事典の中身を確認して、打ち砕かれる事になる。

 彼らのアドバイスは、一旦宙に浮いた状態になった。



 

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