第13話 善行 その二

「本っ当に申し訳ない……!」

「学生さんになんてことさせてんだろ、私たち……」

「ははは、それな。……いや笑えねぇんだよなぁ」

「これ下手したら燃えるだろ。やってること寄生だぞ」


 助けた面々、『ふらふらトレニャー』という名でストリーマー活動をしている四人組が、改めて伊織に対して頭を下げた。


「別にこれぐらい構いませんよ。適材適所というやつです」


 何故と理由を問われれば、腰が抜けて行動不能となった二人を慮った伊織が、露払いをしながら彼らとともに帰還しているからである。

 もちろん、件の二人はとっくに回復している。驚きで腰が抜けただけなので、割と早い段階で移動できるようにはなった。

 ただモンスタートレインについて、映像証拠とともに然るべき組織に報告しなければならないという点と、犯人が野放しのため二度目があるかもしれないという点から、共に帰還した方が効率的という結論で一致。

 そして回復したとはいえ、身体に異常をきたした二人を戦闘に参加させるのはと、伊織が難色を示したことで現在に至る。


「本当に気にしないでください。手間でもないので」

「……うわー、凄い説得力」


 ……まあ一番の理由は、伊織一人で全てこと足りるからだったりするのだが。


「改めて見ると、冗談抜きで強いね大沢君……」


 遭遇したオーク二体を、雑に警棒を叩きつけることでアイテムへと変えた伊織に、四人組の紅一点である少女が感嘆の言葉を零した。


「大したことでもないです。奥で活動していれば、ふら妹さんも自然とこれぐらいできるようになります」

「いや、私にはちょっと想像できないというか……。兄やんは?」

「同じく。まったく想像できん」

「そもそもよ、ふらふら兄妹。俺たちだってストリーマーの中じゃトップ層だからな?」

「かなりダンジョンには潜ってるし、強い方なんだぞ?」

「だよねぇ……」


 伊織の台詞に、揃って釈然としない表情を浮かべる四人。そんな彼らを横目で眺めながら、伊織は先程交わした自己紹介の内容を脳内で反芻していた。

 冒険者系ストリーマー『ふらふらトレニャー』。通称ふらトレ。大手動画投稿サイトにおいて、チャンネル登録者数が百万を越えるというトップ配信者。

 動画映えする整った容姿のふらふら兄妹(腰を抜かしていた二名)をメインに据えつつ、時おり撮影班の二人ともトークを交わし、和気藹々とダンジョンを進んでいくスタイルで人気を博しているらしく、暴力的な雰囲気が苦手な視聴者層も取り込むことが成功しているとは本人たち談。

 実際、明確な数字として結果は出ているので、見栄の類いではないのだろう。唯一の制度ということもあって、冒険者系ストリーマーは世界的に注目されているとはいえ、だ。百万オーバーという数字は、ただの注目だけでは到達できない大台なのだから


「なんというか、上には上がいるもんだなぁ……。動画のコメント欄の賞賛が虚しくなる」

「あー。特に兄やんは女性ファンも多いしねぇ。強くて素敵です! なんてコメントも大量だし」


 飛び交う会話もやはり和やかだ。伊織に対しては申し訳なさが先に出てしまっているが、声音だけでも彼らの善良さと関係性の良好さが窺える。動画用のパフォーマンスというわけでもなさそうだ。

 まあ良好な関係でもなければ、命を預けることなどできないと言われればそれまでではあるのだが。


「そういうのは比べるものではないでしょう。ふら兄さんだから、ファンの人たちも応援しているのでしょうし」

「おおぅ。大沢君のコメントが大人だ。キミ、本当に高校生? 高校の時の兄やんとか、もっと馬鹿だったよ?」

「どういう意味だ愚妹。お前とて大して変わんねぇだろ」

「まあ、人それぞれということでいいのでは?」


 コメントは当たり障りなく。だがどことなく事務的な気配を漂わせることも忘れない。

 余計な詮索を避けるための演技だ。後暗い役目を抱え込むことになってしまった伊織は、この手の誤魔化しが自然と上達してしまっていた。……本人の感情は別にして。

 だが効果はかなりのもの。ふらふらトレニャーの面々も、必要以上に踏み込んでくることはなかった。どうせ事情聴取などで話すことになると割り切った、自己紹介以上の質問は飛んできていない。

 少なくとも善良と呼ばれるような人種や、周囲の評価に気を配っている者には通用するぐらいには、伊織のまとう心の壁は分厚かった。


「あと少しで出口ですね。このペースなら十五分ぐらいで到着するでしょう」

「え、本当に? よく地図みないで分かるね?」

「道順は全部頭に入っているので」

「これが深層で活動してる冒険者の実力か……」


 実際は伊織にのみ視認できるウィンドウに、ダンジョン内のマップを表示しているだけなのだが。

 そんなことを想像できるはずもないので、ふらふらトレニャーの面々は伊織の嘘を真に受けてしまった。

 そうして暫く移動していると、何度か人とすれ違うようになる。ダンジョンの出入口が近づいている証拠だ。


「それにしても、皆さんって本当に有名人なんですね。あんな風に声を掛けられたりするなんて、とても驚きました」

「いやー、それほどでもぉ。……と、冗談はさておき。自分で言うのもアレだけど、界隈でもトップ側だからな。知名度もそれ相応にあったりはする。特に冒険者や、冒険者に興味のある層には、結構知られているはずだ」

「特に私たち、冒険者向けの情報とか動画に載せたりするし、そっち方面の案件とかも受けたりするしね。……なので正直、大沢君に知らないと言われた時は結構驚いたり?」

「……なんかすいません」

「あはは。別に嫌味とかじゃないよ。会う人全員に知られてるとか、傲慢すぎる考え方だし。というか、私たちが発信してる情報とか、多分だけど大沢君には不要だろうし」

「そーそー。むしろ、俺たちの方が教わることが多そうだ」


 気まずそうに頬を掻く伊織に対し、ふらふら兄妹が笑いながら肩をすくめる。

 やはり善良だと、伊織も改めて彼らの人柄を評価した。冒険者系ストリーマーであることが悔やまれるぐらいだ。

 どんなに善良な人物たちであっても、ダンジョン内に人を呼び寄せる彼らと伊織は相容れない。役割的には共存するべきなのだろうが、やはり感情面で納得できないのだ。


「それでも飲み込むべきですよマスター。インフルエンサーとの縁は、今後のことを考慮すると保持しておくべきです。もちろんリスクはありますが、それをふまえてなおメリットの方が大きいかと」


 伊織の耳元でサポが囁く。伊織の波打つ心を察知し、念のためと釘を刺したのだろう。

 だが助言されるまでもない。損得勘定を抜きにしても、伊織が彼らを邪険にすることはない。

 伊織が苦々しく思っているのは、冒険者系ストリーマーという職そのもの。それも伊織の一方的な事情である以上、彼らに悪感情を向けるのは筋が違う。

 そもそも嫌いな職に就いているからといって、特になにかしてきたわけでもない他人に敵意を向けるなど、あまりに非常識というもの。

 いくら精神的に荒んでいようとも、伊織にだってそれぐらいの分別はあるのだ。モンスタートレインをしでかした犯人を憎悪するならともかく、ふらふらトレニャーの面々にどうこうするつもりはない。


「──到着です。それじゃあ、早く受付に被害を報告しに行きましょうか。こういうのは早い方がいいですから」


 だから伊織は、平静を装いつつこの出会いを〆にかかる。

 命の恩人という立場のまま、変に近づくことも離れることもしない。繋がれた縁が切れない程々の距離感を維持するつもりで。


「ああ、そうだな。さっさとケリをつけたいよ。じゃないと安心もできやしない」


 そんな伊織の意向を組むかのように、四人のリーダーであるふら兄が最初に一歩を踏み出し、ダンジョンから出ていった。そして他の面々も続いていく。

 その足取りはどことなく早い。恐らく、ふら兄の言葉は彼らの総意だったのだろう。

 犯罪に巻き込まれ、いや殺されかけたのだ。然るべき場所に報告した上で、犯人が確保されぬ限りは落ち着くことも難しい。

 被害者というのは、どうしようもなく不憫なものだ。そんな感想を抱きながらも、伊織も彼らに続いてダンジョンを出る。


「──おーい、こっちだ!」


 するとふら兄から呼び出しが掛かった。やはり早足という印象は間違っていなかったようで、すでにふらふらトレニャーの面々は報告に移っていた。

 彼らがいるのは臨時の交番だ。空間にポッカリと空いた穴である、ダンジョンの出入口を中心に建てられた施設の一つ。ダンジョンにまつわるトラブルを解決するために、専用の部隊が詰めている。

 なにせ冒険者というのは、荒事に身を投じる超人の卵たちである。彼らがトラブルを起こした場合、一般の警備員はもちろん、普通の警官でも荷が重い。

 だから特別な訓練を積んだ者たち、具体的に言えばダンジョンにてステータスを獲得し強化された精鋭たちがダンジョンには配置されているのだ。

 その強さは折り紙つき。なにせ一般の冒険者よりも遥かに練度が高く、充実した装備をまとった専用部隊だ。曰く、警察だけでなく自衛隊からも出向してきている者もいるそうで、冒険者というアマチュアでは手も足も出ないプロ集団である。

 彼らが常に目を光らさているからこそ、批判も未だに多い冒険者制度はどうにか維持できている。だからこそ、今回の一件も迅速な対応がなされた。

 物々しい雰囲気をまとった警官が、ふらふらトレニャーの面々の傍で控えている。交番内もにわかに騒がしくなっている。

 流石だなと、伊織は感心してしまう。迅速な対応は、国民の一人として実にありがたいことだ。

 ならば、自分もまた国民としての義務を果たさなければと。捜査の協力をするために交番の方へと一歩踏み出し──


「マスター。ここで報告です。なんともタイミングの良いことに、件の愚か者がちょうどダンジョンから出てきましたよ」


──サポのその言葉に、伊織は歩くのを止めた。

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