第12話 善行
──サポに手を引かれ、伊織はダンジョンの一角に降り立った。
「はい。こちらですマスター」
「今のは……転移ってやつなのかな? こんなこともできるんだね」
驚きと関心が湧き上がる。サポの言葉に不信感を抱きながらも、人助けと言われては無視できないと手を取った。その次の瞬間には移動していた。
ダンジョンマスターとしての力を使い、ウィンドウで見取り図を表示。そうすると、かなりの距離を一瞬で跳び越えたことが窺える。
「驚くほどのことではございませんよ。マスターもやろうと思えばできます。ダンジョンは私たちのテリトリー。支配下にある世界のようなものですから」
「……そう、みたいだね」
試しに念じてみると、可能という確信が伊織の中で自然と湧いて来る。同じダンジョン内だけでなく、他のダンジョンにも瞬時に移動できるらしい。
これもまた、ダンジョンマスターとしての力の範疇ということなのだろう。相変わらずのデタラメだと、伊織は小さなため息を吐く。
「それで、人助けってなにするの? 悪巧みがどうとか言ってたけど」
「簡単ですよ。……はい。マスターが見てるウィンドウに、人間とモンスターも表示されるようにしました。ご確認にください」
「っ、これ……!?」
ウィンドウを注視した伊織が息を呑む。そして事態を一瞬で把握する。
現在、伊織がいるのは一本道。その少し先は突き当たり、いわゆるT字路となっている。そのT字路を右に進むと大部屋があるのだが、そこには人間の反応が四つ。
モンスターの反応はなく、人間たちも大きく動いていないため、休息を取っていると推測される。──ここまではいい。問題は逆。T字路の左側だ。
「このままじゃ……!?」
大部屋に繋がる通路を移動する人間。そしてそれを追う多種多様なモンスターたち。
不味い、と伊織の口から言葉が漏れると同時。目の前を通路を一人の男が通過し、さらに数秒も経たぬ内に大量のモンスターが同じように横切っていった。
「擦りつけ……! モンスタートレイン!!」
それはオンラインゲームなどにおいて、トラブルの素として挙げられるプレイング。
自身をターゲティングしていたモンスターを、他プレイヤーに擦りつける迷惑行為であり、意図的に行われた場合はPKの一種として扱われる、極めて悪質な妨害プレイ。
──それを現実で実行する愚か者たちがいる。ゲームを参考に設計されたダンジョンだからか、現実とゲームの区別がつかずにはしゃぎ回り、現在進行形で社会問題にまで発展させた屑たちがいる。
「もちろん、あの男には悪意があります。逃亡の結果、ああなったのではございません。故意にモンスターを集めていたのは確認済みです。──まあ、マスターならばしっかり視認できたと思いますが。あの愉悦に歪んだ醜い口元を」
「……ふざけるな……」
ポツリと伊織の口から、怒りの言葉が零れ落ちる。サポの言葉に反応した──否だ。もっと前から伊織のまとう気配は一変していた。
名声などいらないと、サポの導きに警戒を浮かべていた心優しき少年はもういない。そこにいるのは憤怒の気配を放つ修羅そのもの。
「ふざけるな……」
当たり前だ。伊織はやりたくもない役目を背負っている。世界のため、人類のために、したくもない殺戮に手を染めているのだ。
一人の不幸に唇を噛み、二人の死に吐き気を覚え、三人、四人、五人……数多の犠牲に涙を枯らして心も殺す。
そうしてズタボロになりながらも踏ん張っている者が、ただ快楽に任せて人を殺そうとしている者を目にすればどうするか?
「ふざけるな……!!」
──激怒するに決まっている。どれほど温厚であっても、怒りを抑えることなどできやしない。
「させっ……」
警棒を腰のホルスターから引き抜き、トラブル防止用のカメラを起動。それと同時に伊織が駆け出す。
ダンジョンの根幹となる次元エネルギー。モンスターを、アイテムを、ステータスを生み出す超常のそれを、管理するのが伊織である。世界を滅ぼしてあまりあるエネルギーを、ダンジョンを通して保持しているのが伊織である。
──故にその力は強大だ。ダンジョンの創造主、異世界の魔王たちには及ばずとも、この世界においては並び立つ者なき無双の覇者。
「……るかぁぁぁ!!」
その踏み込みは頑丈なはずのダンジョンの床を砕き、たった一歩で音の壁を突き破る。
まさに疾風迅雷。自身の叫びすら置き去りにする超高速にて、伊織は瞬く間に大部屋へと到達し、そのまま一気にモンスターの群れを手にした警棒で薙ぎ払った。
「……えっ、え……!?」
「なんっ……!?」
大部屋にいた四人から、驚愕と困惑の声が上がる。休息中にモンスターの大群を擦りつけられ、慌てて戦闘態勢に入ろうとした矢先にコレなのだから、その反応も当然というもの。
死を覚悟し、それでもどうにか生き足掻こうと武器を構えた直後、凄まじい轟音と衝撃で世界が揺れた。
「……うっそぉ……」
「マジ、かよ……」
──そして全てが終わっていた。鈍色の一閃が煌めいたと脳が認識した瞬間、モンスターたちは破壊の光に呑まれて宙を舞い、アイテムへと姿を変えた。
「……失礼しました。モンスタートレインらしき光景を目にしたもので、不要の可能性も踏まえた上で乱入させていただきました。不快な思いをさせてしまったのなら謝罪します」
もはや大部屋で立っていたのは伊織のみ。モンスターの群れは全滅。助けられたはずの四人も、あまりの事態に尻もちをついて伊織のことを見上げている。
「代表の方はどなたですか?」
「あ、え、はい。自分です」
「そうですか。お怪我などはありませんか? 一応、ポーションの持ち合わせはあるので、必要ならば提供いたしますが?」
「だ、大丈夫、です。お気遣いありがとうございます……」
恐れ、いや畏れか。伊織を見上げる彼らの目には、隠しようもないほどの畏怖の感情が宿っていた。
「……」
さてどうしたものかと、そんな彼らを眺めながら伊織は内心で頭を抱える。
正気を忘れるほどの激情に身を委ねたことで、完全に見切り発車で行動してしまった。元々、伊織は温厚な性格で、怒りを抱くことなど滅多にない。だからこそ、慣れぬ怒りでつい暴走してしまったのだ。
力の隠匿だとか、そういうアレコレを脇にやった上での実力行使。最後に残った理性のお陰で、ダンジョンマスターとしての特権をフル活用してはいないものの、それでもなお過剰なまでの力を披露してしまった。
もちろん、やったことを後悔はしていない。非常事態でもあったし、被害が出る前に解決するには、ある程度の力の行使は必要だった。
「……怪我がないようでしたらなによりです。それでは僕はこれで。まだ犯人はそう離れてないでしょうし、確保できるかどうか試してみます。幸い、人相の方は確認できているので」
ただやはり、気まずいものは気まずいのである。今はまだ、彼らも動揺しているために大人しい。だが正気に戻れば、色々と質問してくる可能性が高い。
故に伊織は逃亡を選択した。犯人を追跡するというもっともらしい理由を述べ、四人が正気に戻る前にこの場を離れようとした。
「あっ、ちょっと待ってくれ! あ、いや、ください!」
「……」
だが代表の男が声を上げたことで、伊織の足は止まった。無視するという選択肢も存在したが、流石にそれは憚られた。
元々、伊織は大人しく礼儀正しい性格であるし、余計な波風を立てるような言動には忌避感があるというのが理由その一。
そしてなにより、犯罪に巻き込まれ、殺されかけたばかりの彼らを冷たくあしらうというのは、どうしても伊織にはできなかった。
「……なんでしょうか? 犯人を追いたいので、できれば手短にお願いしたいのですが。あ、あと僕の方が年下でしょうし、そこまでかしこまらなくて結構ですよ」
「あ、いや、その、そっか。……で、その、助けてもらった上に、年下っぽいキミに頼むのは本当に恥ずかしいんだけど……実は今ので腰が抜けちゃって」
「……」
「わ、私も……」
「……」
「あ! 俺は大丈夫! はい、大丈夫です!」
「……」
「同じく大丈夫です!」
四人組のうち、代表の男と紅一点の女性がおずおずと手を挙げる。残りの男たちは勢いよく首を横に振るが、表情はどことなく申し訳なさそうである。
まあ、仕方のない反応だろう。四人中、二人が戦闘不能だと宣言したのだから。ここから続く言葉も想像できる。
「その、流石にあんなことがあった後だし、二人が動けないってのは本当に不味いので……」
「すぐに歩けるようになるのかも分からないから、どうしてもパーティーで戦える人数も減っちゃうというか……」
「代わりと言ってはアレなんですが、犯人に関しては多分大丈夫なので! 実は自分たち、ダンジョン系のストリーマーでして! 休憩ついでにカメラもいくつか回してたから、犯人の映像も多分撮れてると思います!」
「もちろんお礼もします! さっき助けていただいた分も含めて、しっかりと謝礼もお支払いします!」
『なので助けてください!』と、揃って頭を下げられる。恥も外聞もなく、悲愴さすら滲ませて助けを請われたのだ。
「……はぁぁ。分かりました。見捨てるわけにもいきませんし、護衛ぐらいなら引き受けます。あとお金に関しては結構です。人として当然のことをしたまでなので」
──流石の伊織も、彼らの頼みを断ることはできなかった。
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