第6話 学生と、ダンジョンマスターと その二
冒険者は稼げるのか。そんな光の問いに対し、伊織は黙考の末に口を開いた。──質問の答えではなく、逆に質問を返すという形で。
「……いろいろと気になることはあるんだけど、なんで笹原さんは僕が冒険者やってるって知ってるの? 誰にも話した記憶ないんだけど……」
「……それについてはゴメンなさいとしか。実は前の五分休みの時に、加藤から聞いたの。ちょっと前に職員室へ行った時、大沢君と先生がそんな感じのこと話してたって」
「ガッツリ個人情報なんですけど……」
「それについては私からも謝っておきます。私が悩んでるのを見て、大沢君の名前をうっかりポロッちゃったみたいで。……これ言うと凄い申しわけないけど、人も多かったから多分もう広まってる。なので私も開き直って訊きにきました」
「えぇ……」
学校というある意味で開かれた環境によって、どうやら伊織の安息の時間はなくなりはじめているらしい。
内心ではかなり憂鬱になりながらも、さりとて抱える秘密もあるのであまり大きなリアクションをとるわけにはいかず。
ひとまず苦い顔を浮かべ、伊織はお茶を濁すことにした。
「にしても、ダンジョンねぇ……」
「あ、答えてはくれるんだ。話そうとしないぐらいには隠してたみたいだし、てっきりキレられるかと思ってた。……大沢君が怒ってるところとか、まったく想像できないけど」
「いろいろと気が重いけど、起きちゃったことは仕方ないからね……。それにまあ、経験者として答えるぐらいはするよ。ダンジョンって危ないし」
伊織としても思うところはもちろんあるが、それでもクラスメートが冒険者になるか悩んでいるとなれば、無碍にすることはできなかった。
先達として、なによりダンジョンの全権を所持する者として、向き合わなければならないのだ。
「まず結論から。オススメはしないよ。少なくとも、お金がほしいっていう理由なら止めた方がいい。浪漫、憧れとかが理由でも僕は止める。よほどの理由がないなら、冒険者なんかになるべきじゃない」
「……ボロくそだね。よほどの理由ってどんなの?」
「遠回しに自殺したい人。マンガのキャラとかでたまにいるような、溢れ出る暴力性をなんとか解消したい人。正真正銘、命懸けで浪漫を追求したい人。あとは借金、犯罪行為をしないで早急にまとまったお金がほしい人とかなら、ワンチャンを目指すのは止めないかな」
「本当にボロくそだ……」
マトモな人間は冒険者になんかなるべきじゃない。伊織のどストレートな否定の言葉に、光はただただ圧倒された。
「だって危ないじゃん。笹原さん、モンスターと戦える? 現実でも最弱モンスターって有名になったゴブリンでも、十歳ぐらいの子供並のサイズはあるよ?」
「……自信はないけど、武器があれば余裕ってSNSには書いたあったし、それなら多分? あと、ゲームみたいにステータスとかあるんでしょ? 倒していけば余裕で稼げるって、有名な冒険者系ストリーマーは言ってたけど」
「なるほど。それで冒険者になろうか悩んだわけね」
冒険者系ストリーマー。冒険者制度の誕生とともに現れ、話題沸騰中の配信者たちの存在を感じ取ったことで、伊織は納得の声を上げた。
冒険者として活動するかたわら、その映像をネットにアップすることでさらに再生数を稼ぐ者たち。ダンジョンという非日常を、画面越しでお手軽に疑似体験させることができる彼らは、今もっともホットな存在であるといっていい。
一世を風靡したバーチャル系の配信者に続く、次世代のネット文化の一つとしてやがて語られることになるだろう。
「──あの手の連中は、ドラマの登場人物程度に思っておいた方がいいよ。それか動物園の動物たち。娯楽として楽しむ分には問題ないけど、絶対に真に受けちゃ駄目だし、万が一関わる機会があっても距離を置くのをオススメするかな」
だが、伊織は彼らを嫌悪していた。ダンジョンでのできごとを面白おかしく取り上げ、人気を博する彼らが大嫌いだった。
彼らの配信に影響を受け、冒険者になる者も多い。ダンジョンマスターとしては諸手を挙げて歓迎するべきなのだろうが、それでも伊織は彼らの存在を許容できない。
彼らの配信はエンターテインメントであり、人々を惑わせ危険なダンジョンに誘う誘蛾灯だ。そうして冒険者となった多くが、厳しい現実に打ちのめされ脱落する。最悪の場合は死ぬ。
自業自得、現実を見ることができなかった愚か者。外野ならばそう嘲笑することもできるだろうが、伊織はダンジョンの管理者なのだ。
例え伊織自身に非がなくとも、自分の管理下で死人が増えるのは酷くストレスが溜まる。だから伊織は冒険者系ストリーマーという存在を、心の底から軽蔑していた。
「笹原さんはさ、生きたままの鳥や魚を〆て捌くことはできる? モンスターを倒すってことはそういうことだよ。強い弱い以前に、その辺りの感覚を無視できる? ゴブリンとかほぼ猿だよ。猿の頭をかち割ることができるの?」
「うっ……。でも、そういうのって慣れるもんじゃ……」
「その慣れる前が一番危ないんだって。ステータスの恩恵が低いんだから。下手すりゃ死ぬよ?」
マトモな生き物ですらなくとも、生物の形をしたモンスターを殺すことに抵抗感を覚える冒険者は多い。
それを乗り越えられるかどうかが、冒険者としての分かれ目だ。法的なものではなく、才能的な意味での資格が問われる。
ダンジョンの全てを支配下に置き、マトモな冒険を一切していない伊織は例外だ。例外ではあるが、それでも冒険者として活動しているために多くの『現実』を知っている。
「ダンジョンアタック中の生理現象。遭難の二文字が頭にチラつきながらするマッピングのストレス。常にモンスターとの遭遇を警戒することによる緊張感。重装備での移動、そしてたまの戦闘による疲労。そうした諸々を乗り越えて手に入れたアイテムが、端金にしかならない時の絶望感。動画で知ったってキミは言ったけど、その動画ではこうした苦しみは教えてくれた?」
「それ、は……」
「ああ、あとアレだ。他の冒険者、酷い場合はパーティメンバーも警戒しないといけないのもキツいって聞くよ。笹原さんは女の子だから特にだね。暴力が肯定されるような空間だし、そういう犯罪者思考の人間との遭遇率も高いとか」
「うっ……」
淡々とした様子で、されど澱みなく吐き出される負の現実の数々。普段の印象とはかけ離れた伊織のドライな声色に、光はつい怯えの表情を見せる。
「……大沢君、もしかして怒ってる?」
「怒ってないよ? ……でもちょっと熱くなったかも。ごめんね。正直、冒険者系ストリーマーって嫌いなんだ」
「それは、うん。今のでなんとなく察した。こっちこそなんかゴメン。ただ凄い意外だった。大沢君にも嫌いなものあるんだね」
「僕をなんだと思ってるのかな?」
波風立てないよう周りに気を使っているだけで、伊織とて人並みに好き嫌いはある。特に最近では、ダンジョンを持て囃すような風潮が大嫌いだ。
なので今回のようにチャンスがあるのなら、ネガティブキャンペーンは欠かさない。ダンジョンマスターとしては間違っていることは承知の上で、正論や現実という冷水を浴びせることを躊躇しない。
「ま、その辺の私怨は抜きにしても、笹原さんの目的とは合わないと思うよ。単純に割に合わない」
「えっと、割に合わないって?」
「冒険者はバイトの代わりにはならないってこと。資格を取るためにお金、装備を整えるためにもお金。冒険者用の保険に入るためにもお金。装備だけでも二桁万円は飛んでいくレベルだよ? そのあとも怪我でお金が飛ぶ可能性が常に付きまとうし」
「え、怪我はともかく、装備ってそんなにかかるの!?」
「そりゃ安全をお金で買ってるようなものだし。それでも怪我する時はするし、装備分の投資を回収できるかどうかも運。一攫千金があるのは否定しないけど、可能性は低いし、なにより稼ぎすぎると今度は税金の問題が出てくる。笹原さん、確定申告できる?」
「無理」
即答である。一般的な高校生なので当然といえば当然だが。
「そういう意味でも僕は止めます。学生がお金を稼ぐのなら、バイトをしてた方が全然マシじゃない? ぶっちゃけ、冒険者がブームになってるのって目新しさが大半だって個人的には思ってる。そのうち、売れない配信者やギャンブラーと同じ扱いになるんじゃない?」
「なる、ほどぉ……」
冒険者は稼げない。一周して最初の質問の答えに落ち着いたことで、光は唸りながらも納得の声を呟きをこぼした。
「うぅ……。一日でウン十万とか密かに憧れてたのにぃ……」
「本業にできるようなトップ層なら、確かにそれぐらいは稼げるかもしれないけどね。でもそれ、大抵の個人事業主に言えることだし」
「やっぱり現実は甘くないかぁ」
「そーそー。てかそもそも、冒険者系ストリーマーが全てを物語ってるでしょ。冒険者で稼げるなら、動画配信なんてしてないよ。どう考えてもあの連中、動画配信で稼ぐために冒険者やってるじゃん」
「ハッ!? 確かに!!」
「気づいてくれたようでなにより」
核心を突くコメントを放ちながら、伊織は小さく手を合わせた。なんだかんだと会話を進めながらも、昼食を食べ進めていたのである。
「ありがとう! 大沢君に相談してよかったよ!!」
「別にいいよ。僕もクラスメートが茨の道を進むのを止められたし」
それは嘘偽りのない本音だった。ただでさえダンジョンマスターという立場はストレスが溜まるのだ。
もし顔見知りがダンジョン内で怪我、もしくは命を落とすことになれば……。伊織は罪悪感で吐く自信があった。
「ところで一つだけ訊いていい?」
「なにかな?」
「苦労が多くて、基本的にお金にもならないのが冒険者なんだよね? ──ならなんで、大沢君は冒険者をやっているの?」
「……」
なんで。そんなこと、伊織の方が訊きたいぐらいだ。なんで自分だけ、こんな苦労を背負い込むことになっているのだと、声を大にして叫びたいぐらいだ。
──だが、当然ながらそれは許されるわけがなく。理解が得られるはずもなく。
「プライバシーってことで、内緒かな」
だから伊織は、困ったような笑みを浮かべて誤魔化すのだった。
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