第4話 ダンジョンマスターの特権
「──時間でございます、マスター。緊急で対処すべき事態はなし。次元エネルギーの消費量を始めとした諸々の数値も、前回から多少の変動は見られますが誤差の範疇。本日の作業は切り上げてよろしいのでは?」
「……うん。分かった」
指定していた時刻になったとサポに伝えられ、伊織は小さく頷きながら作業を止める。
時間にして三時間と少し。伊織自身がまだ学生であり、世間からも白い目で見られがちな未成年冒険者という立場をふまえ、バイトの範疇を超えないようにと自主的に設定した時間。
だがそんな短時間であっても、伊織の精神は酷く疲弊していた。自分が世界の、大勢の人間の命を左右する立場にいることを、改めて実感させられてしまったから。
これが普通の冒険者と同じように、命が危険な状況に身を置いていることによる疲弊ならば、まだ伊織としてはマシだった。最終的には自己責任、自業自得という結論に落ち着くしかないからだ。
なにより、そうした疲弊は共感できる者がいる。苦しみを共有し、肩を並べて愚痴を吐くことができる。
──だが伊織の抱える苦しみは、共感できる者がいない。それ以前に、誰かと共有してはいけないものだ。
「マスター。アイテムに関してはどうしますか?」
「……安いのを二、三個。五千円ぐらいでお願い」
「かしこまりました。……何度も言いますが、もっと値のつく品を用意しても構わないのですよ? それはマスターの正当な権利なのですから」
「変に目立っても困るから。大金なんて、人が寄ってきちゃうでしょ」
力があっても目立ちたくない。なにかの物語の主人公のような台詞を、伊織は切実な想いで吐き出した。
面倒だとか、そんなちんけな理由ではない。力の一端がバレただけでもトラブルは必至で、その役割まで判明すれば世間はたちまち敵となる。
多くの者が欲望のままに伊織を求め、正義という名の拳を振り下ろすことだろう。ダンジョンマスターという地位は、世間を歪ませ悪意を発露させるにあまりある。
それが伊織には耐えられない。だから力を隠し、注目を浴びるような真似は全力で控えるのだ。
「それに税金の問題もあるからね。一攫千金が本当にある仕事ってことになってるから、僕が張り切ってるって父さんたちに思われたら最悪止められちゃう。扶養から外れるようなことは控えろって」
「……仕方ないこととはいえ、マスターに与えられた数少ない特権を活用できないのは、虚しいものがありますね」
付け加えられた言葉。違う意味で切実な理由に、サポは大きく肩を落とした。
ダンジョン産のアイテムは、ダンジョン発生から一年が経った今でも貴重なものが多い。それは冒険者制度が存在する日本であっても同様で、それ故にダンジョン産のアイテムは高値で取り引きされている。
特に外傷を一瞬で癒す回復薬、魔法やスキルを覚えることができるスクロールなどがドロップした場合、それだけで六、七桁の買い取り価格が付けられるほどだ。
そんな高額なアイテムがドロップすることは滅多にないのだが、それはあくまで普通の冒険者の話。
魔石と呼ばれる一個あたり数百円の外れアイテムから、値がつけられないような最高クラスのアイテムまで自在に生み出せる伊織の場合は話が変わる。
未成年であり、家族の扶養に入っている伊織は、いくらでも稼げるからこそストッパーを設けたのだ。具体的に言えば、月あたりの収入は五万円を上限と決めている。
「お金の問題はシビアだよ。特に冒険者の場合、基本的に稼ぎと危険は比例するからね」
「税金云々は方便で、実際は子を想う親心と」
「うん。だから個人的な部分でも、あんまり稼ぎたくないんだよね。ただでさえ反対を押し切って冒険者なんかやってるのに、これ以上の心配なんてかけられないよ」
「マスター……」
伊織は大人しい性格の少年だった。運動は人並み程度で、喧嘩なんて滅多にしない。だからこそ、伊織が冒険者になると伝えた時、彼の両親はとても驚き、反対した。
モンスターと殺し合いをしたいと言われ、和やかに頷く親など少数派だ。それも格闘技の経験すらない息子の言葉となれば尚更だろう。
親の立場では認めるわけにはいかず、さりとて伊織としても決して引くわけにはいかない平行線。
父に怒鳴られ、母に泣かれ。それでも内心の悲愴を隠し、決意を曲げなかった伊織についに両親は折れた。
その上で、せめて怪我をしないでくれと願い装備の費用を負担してくれた。
──故に伊織は決めたのだ。両親だけは心配させまいと。ダンジョンマスターとしての力を隠し、平静を装い、危険を避けてダンジョンに潜っていると演じ続けると。
「稼ぎはほどほどでいいんだ。わりに合わないから辞めろと言われない程度に稼いで、そのお金で親孝行できればいいんだよ。……ああでも、この装備分のお金は早めに返したいかな。無駄な出費をさせちゃったし」
「実は絶対に安全だなんて、流石に言えませんものね」
「うん。だから形はどうあれ、しっかり返しておきたいんだ。感謝ももちろん込めて」
「素敵な考えだと思います。やはり私のマスターは、とても優しい人ですね」
強大な力を持ちながらも、その力に溺れる気配を見せず。非情な運命に翻弄されながらも、生来の善良さを失わず。
指定された値段分のアイテムを生成しながら、サポは柔らかな笑みを自然と浮かべていた。
主の優しさは、擬似生命体であるサポをしても好ましいものだったからであり。
なにより伊織の心の在り方は、ダンジョンマスターとして魔王に見出されるに相応しいものであったから。
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