第2話 ダンジョンの正体
伊織がダンジョンマスターなる立場を与えられたのは、今から一ヵ月のことである。
ダンジョンの出現によって、猛スピードで変化し続けている現代社会。しかし、高校二年生になったばかりの伊織は、その全てをテレビの向こう側のできごととしか認識していなかった。
社会の変化に人並みの好奇心を抱きながらも、自らの日常は大して変わらない。伊織はそう考えていたし、実際に変化が起こるようなアクションをするつもりもなかった。──四月のあの日までは。
『私はこの世に現れたダンジョンの創造主が一人。異世界を支配する魔王である』
学校帰り。自宅で昼寝をしていた伊織は、夢の中でソレと、自らを魔王と称する超越者と出会った。
『まずは賞賛を。私が、いや私たち魔王が与えた試練を、この世界の人類で唯一突破した少年よ。人類で唯一の偉業を成し遂げた【透明な心】の持ち主よ』
魔王曰く、全ての人類に、夢の中で数多の試練を与えていたのだという。そして伊織だけが、唯一その試練を突破できたのだと。
『この偉業を成し遂げたキミに、私たちは一つの役目を与える。この世界のダンジョンを管理するのだ。これはキミにしか任せられない大役であり、拒否することは許されない。キミの拒絶は、世界の滅びと同義である』
そうして魔王は語る。ダンジョンの全てを。全世界が躍起になって解き明かそうとしている現代の神秘の正体を、ただの高校生であった伊織が知ることになる。
『キミの世界に現れたダンジョンは、私たちが生み出したものだ。キミたちの世界と私たちの世界が、どういうわけか衝突しそうになったことが理由だ。滅びを回避するために、世界同士を支えるつっかえ棒として用意させてもらった』
ダンジョンの正体。それは世界を滅びから救うための柱であった。伊織の頭の中に、ジャッキのようなイメージが浮かぶ。
『だが二つの世界を支え続けるのは、尋常ではない負荷が発生する。負荷が蓄積されダンジョンにダメージが入ることを防ぐためには、発生するエネルギ、私たちが【次元エネルギー】と呼ぶそれをどうにかして消費する必要がある。そしてこれは、二つの世界がそれぞれ負うべき義務である』
だが伊織の住む地球には、世界間という異次元で発生するエネルギーを扱う技術がなかった。故に異世界の支配者にして、超越者である魔王たちはダンジョンに手を加えた。
次元エネルギーを消費して擬似生命、モンスターを生み出す仕組みを。
さらにモンスターが倒されることで、霧散したエネルギーを討伐者に吸収させるステータスという仕組みを。
またモンスターが倒される、及び特定の条件をクリアすることでアイテムが生成される仕組みを。
『欲を刺激し、キミたちの世界の住人が積極的にダンジョンの次元エネルギーを消費するシステムは組み入れた。そちらの人類の思考を誘導し、ダンジョンを受け入れる下地も構築した』
地球で起こった全ては、異世界の魔王たちによって引き起こされたものであった。全人類が手のひらの上で転がされている事実に、伊織は背筋が冷たくなった。
『だがいくら仕組みを作ったところで、管理する者がいなければ不具合が起きる可能性が高い。だが私たちはその役目は負えない。住んでいる世界の違う私たちが、キミたちの世界まで面倒を見るのは筋が違う。──だから選定をした』
そして選ばれたのが伊織だ。夢の中で知らず知らずの内に、選定を試練を乗り越えた者。人類で唯一、乗り越えてしまった者が伊織だった。
『大役だ。まだ若いキミには、永劫の世界の守り人はとても重いことだろう。役目を補佐する存在も生み出した。せめてもの対価として、キミの持つ権限がこれからの社会で最大限活かせる社会に誘導した。だがそれでも釣り合うことは決してないだろう。キミは世界の守り人として、これから永劫の生を歩むことになるのだから』
巨万の富を築くことができる。無双の力を手に入れることができる。世界の支配者として君臨することができる。だがそれでもなお足りない。何故なら世界の存亡を、代わり伊織は背負うことになる。背負わなければならない。
『重ねて言うが、拒否は許されない。資格を持つのはキミだけであり、キミが放棄すれば私たちがキミの世界を滅ぼすことになるからだ。私たちにも守るべき世界がある以上、全霊をもってキミたちの世界を消滅させる。これは決定事項だ』
ダンジョンが崩壊すれば、二つの世界が衝突して滅びることになる。それを回避するために、異世界の魔王たちは死力を尽くして伊織の世界を滅ぼすと宣言した。衝突先が消滅すれば、自分たちの守護する世界は安全であるという考えのもと。
『これは私たちの慈悲だ。本来ならば、キミたちの世界は私たちに滅ぼされているはずだった。そうならず、ダンジョンという形の延命手段が誕生したのは、私たちがキミたちの世界を憐れんだからだ』
世界同士の衝突という未曾有の危機に対し、為す術が全く存在しなかった伊織の世界。弱肉強食という自然の摂理に当てはめれば、その時点で終わりのはずだった。
その滅びが回避されたのは、異世界の魔王たちが一方的な殺戮を疎んだから。『据わりが悪い』という感情論の結果にすぎない。
『故に次はない。ここまでお膳立てはした。最大限の慈悲は見せた。これ以上の施しは与えない』
弱者への施しは、それも見返りを求めぬ類いの施しは、与える側の善意があって初めて成立するものだ。与えられる側が増長した瞬間、全ての善意は消失し冷たく切り捨てられる。
魔王の声を聞いた瞬間、伊織はその道理を理解してしまった。どんなに投げ出したくとも、そんな選択肢が存在しないことを理解してしまった。
『励めよ、伊織。できないと不安になる必要はない。キミならばできると確信しているからこそ、私たちは心苦しくもこの大役を任せるのだから』
その言葉を最後に魔王は去り、伊織は夢から目覚めた。初めはタチの悪い悪夢を疑ったが、その身に宿る絶大な力を自覚したことで、全てが現実だと理解させられた。
その後、伊織は己の運命を嘆きながら行動を開始した。魔王によって生み出された補佐役、伊織以外には目視できない妖精型擬似生命体【サポ】の指示に従い、冒険者としての登録を済ませ、ダンジョンに足を踏み入れる身分を確保。
探索を行うフリをしつつ、管理権によって生成したアイテムを換金し、装備を整える。そしてまたダンジョンに訪れる。
それを繰り返すことで世間の目を欺きながら、管理者としての役目をまっとうする日々。
──かくしてダンジョンマスターは誕生した。今日もまた誰にも知られることなく、ひっそりと孤独に世界の平和を維持していた。
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