ダンジョンマスターになった僕は、今日もまた世界と命を天秤に載せる

モノクロウサギ

第1話 プロローグ

 薄らと光る石造りの通路を、一人の少年が歩いていた。

 少年の手には警棒。反対の手には小型のライオットシールドを。頭にはヘッドライト付きのヘルメットを被り、服は防刃ベストを着用しその上から厚手のジャケット。ズボンも同じく耐久性の高い厚手の長ズボンに、安全靴。そして背負うのは大容量のサバイバルリュック。

 子供が身につけるには、あまりにも物々しい装備の数々は、状況が明らかな非日常であることを示している。


「ギャッ、ギャッ!」


──それを裏付けるかのように、通路の先から人ではないモンスターが現れた。

 緑の肌に子供ほどの体躯。ボロボロの腰蓑と棍棒を身につけ、知能を感じさせないケダモノじみた表情が浮かんでいる。


「……ゴブリン」


 少年の呟き。それは現れたモンスターの存在を見事に言い当てていた。

 ゴブリン。そうゴブリンだ。それも古典作品に登場するようなモノではなく、RPGなどの現代フィクションで登場するような雑魚キャラ然としたもの。

 現実では決して存在しないはずの架空の怪物が、平然と歩いている異常。そしてその異常を、少年が当たり前のこととして受け入れている現実。

 常識ではありえないはずの光景は、されどこの空間においては極めて普通のできごとであった。


──今から一年ほど前の五月。いくつかの国に正体不明の穴が現れた。


 その穴の先には広大な通路が広がっており、当然ながら国はその異常を調査する。そしていくつか事実が発覚した。

 まず第一に、穴の中には現実では存在しないはずのモンスターが存在しており、侵入してきた人間に襲い掛かってくるということ。

 第二に、人間がモンスターを倒すと【ステータス】と呼ばれるものが手に入り、さらに倒し続ければ【魔法】や【スキル】といった不可思議な力が使えるようになるということ。

 第三に、モンスターを倒す、または時折発見される宝箱を開けることで、常識では考えられないような不可思議なアイテムが手に入るということ。


──これらの事実は世界を揺るがした。いや、ゲームを参考にして【ダンジョン】と呼ばれるようになった穴からもたらせるファンタジーの数々は、今なお世界を揺るがし続けている。


 更新され続ける世界の常識。現実となったフィクションの数々。ダンジョン所有国と、未所有の国による軋轢。

 世界情勢は混乱し、現代社会は否応なしに『常識』のアップデートを求められた。

 そんな中、サブカル大国であり、いち早くダンジョンに順応した日本が大胆な政策を打ち出した。

 すなわち、ダンジョンを民間に解放し、膨大なマンパワーによってダンジョン産のアイテムを回収するというもの。

 創作物に倣い、【冒険者制度】という通称で呼ばれるようになったこの制度は、数多の批判が巻き起こる中で強行された。

 そうして日本には冒険者という職が誕生し、浪漫に目が眩んだ多くの国民が日々ダンジョンに潜っていた。

 少年もその一人。装備を整え、モンスターと戦闘し、摩訶不思議なアイテムの数々を手に入れることを夢見る冒険者──。


「ギャッギャッ!」


──否だ。少年は冒険者ではあるが、浪漫など一欠片も抱いていない。

 その証拠に、


「……ギャッギャッ!」


 ゴブリンもまた、一度少年を確認したあと、襲撃する素振りを見せずに移動していく。

 侵入者とあれば容赦なく牙を剥くはずのモンスターが、まるで少年を敵と認識していないかのように素通りしていった。

 ダンジョンの知識を持つ者ならば、目を疑うような光景。だがしかし、少年にとってはそれが当たり前のことであった。


「マップ上に反応なし。この辺りかな。──【サポ】、この通路の隔離を」

「了解しました。管理者権限を発動、指定通路を隔離します。……完了。空間遮断、認識操作ともに終了。追加の指示はございますか、透明な人。私のマスター」

「いつも通り。時間になったら教えて」

「かしこまりました。それでは該当時刻までお寛ぎください」


──何故なら少年、【大沢伊織】は世界中に存在するダンジョンを維持する役目を与えられた、ダンジョンマスターとも言うべき存在であるからであり。


「……やりたくないなぁ」


 ダンジョン内で起こるそのほとんどが、伊織の管理下で引き起こされているからだ。




ーーー

あとがき

カクヨムコン用に書いたシリアス風味の新作です。書きだめ五万文字弱。話数で言えば十四話。ぼちぼち更新していきます。


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