ジャクジャキジャッキジャケット①
前述した通り、エターナル・ギミックの本質は形而下に存在しないため、生物的なものとして記述するのは正確には誤りなのであるが、便宜的にここではあたかも生物であるかのように触れることにする。何故なら、彼ら、ないし彼女ら、ないしそれらは、傍から見ればただの日用雑貨であったり食べ物であったり館であったりするのだけれど、『女神』と同じくらいには思考を巡らせることが出来るし、実際にそれをしているのであって、ただこの世界でそれを積極的に表現する手段に欠くために今の段階では世界中の誰にも気付かれていない、というだけの話なのだから。
今回問題となるエターナル・ギミックにおいても、『女神』と同様、元々は各々を判別する固有の名前など持っていなかったのであるが、ここでは浅葱の所属する組織が用いている名称であるところの、ジャクジャキジャッキジャケットと呼ぶこととしよう。この組織は非常にわかりやすい名称をつけることで有名であるが、ご多分に漏れず、ジャクジャキジャッキジャケットも、ギミック性能そのままの名前を付けられている。
つまり、彼、ないし彼女、ないしそれは、傍から見ればただのジャケットなのだ。弱邪気惹起ジャケット。実際には、ジャケットの形をしていなかった時分もあるのだけれど、幸運にも現在は、駱駝色でそこそこ耐寒性に優れた五つボタンのそれである。さほど特徴のある外見ではない。男性用Lサイズなので結構大きく、名も無いブランドから高級とも言いがたい微妙な値段で売り出された曖昧な一品で、一〇年程前に製造されたものながら肘の擦り切れなどを感じさせず、まだまだ十分に使用に耐え得る。勿論それには理由があって、このジャケットを購入した人物が、二、三回袖を通した後に行方不明となってしまい(ちなみに持ち主が行方不明になったことにはこのジャケットのエターナル・ギミックとしての力は一切関係ないのだが)、長い間着用者不在のままクローゼットに封印され、良質の管理下におかれていたため虫害に合うことも無く、おかげでぬくぬくと生き長らえることが出来た、という次第である。
さて、彼、ないし彼女、ないしそれの持つエターナル・ギミックとしての効用に関してであるが、これは本当に文字通り着用者の邪気を強制的に惹起することである。まあ、弱邪気惹起と名付けられただけあって、惹起される邪気は大した量ではない。さらに、ここでの邪気とは、妖怪などが生来持っていそうな禍々しいオーラであるとか、誰かを呪い殺そうとする際に流れ出す悪しき気であるとか、そんな立派な代物では全然なくて、非常に残念なことに「悪戯心」とか「意地悪な気分」、強くても「悪意」くらいの意味しかない。「無邪気」の反対語の「邪気」である。要は、このジャケットを身につけている人はちょっと意地悪になるよ、くらいのもので、さすがにそんな微妙な変化に目ざとく気付ける人間などいるはずがなく、仮にいたとしてもギミックの有効な使いどころがなかったので、裏の世界でも取り沙汰されることなど殆どない地味なエターナル・ギミックの一つであった。裏返しにして着ると、着用者以外の全員が着用者に対して意地悪になるというとんでもない隠し効果もあるのだが、ジャケットを裏返しに着る人間などそもそもいるはずないし、正規の使用法よりもなお使いどころがないため、全てひっくるめてみてもエターナル・ギミック界の劣等生と言って過言ではないだろう。
そんな彼、ないし彼女、ないしそれを身に纏う『女神』が現れたことは、そこだけ見れば奇跡的なことであったと言える。ちなみにエターナル・ギミックにとっては、『女神』は同胞であるという意識が未だに根強く、『女神』が助力を請うて来たら快諾してやろう、くらいの心意気は持ち合わせている。最近、『女神』がエターナル・ギミックの回収を行っているという情報はジャクジャキジャッキジャケットにも伝わっていたが、それは、ついにエターナル・ギミックの力が認められ、必要になったからであろうと、好意的に捉えられていた。そういうわけで、ジャクジャキジャッキジャケットは、とうとう自分の元に『女神』がやって来たことに狂喜乱舞し、こんな自分も『女神』に必要とされていたのだという幸せな勘違いにひとしきり酔うことが出来た。これもひとえに『女神』の享楽的な性格のおかげであり、まあもしかしたらそれ自体が『女神』の罪なのかもしれない。
ジャクジャキジャッキジャケットは、普段より張り切ってギミックを解放し、その『女神』の悪意を存分に引き出そうとした。……とは言っても、実際のところ、ギミックの性能というのは、自身で調節できるわけではない。これは全くの気分の問題であって、現世においては彼、ないし彼女、ないしそれの意気込みなどとは関係なく、ギミックは一定の力で機能し続けている。エターナル・ギミックというだけあって、それは存在し続ける以上、自動的に、永遠に外力を行使するのだ。ジャクジャキジャッキジャケットが、キョウジャキジャッキジャケットになることはないし、ジャキジャッキシナイジャケットになることもない。
だが一度目は、何も起こらなかった。『女神』はまだジャクジャキジャッキジャケットを必要としていないらしく、「今回は試しに着てみただけなのよ」みたいな情動が強かったためにか、ギミック効果に対して強く反発が起こったのだ。結果、『女神』の中で一瞬だけ燻った悪意は現世に顕在化する前に消失した。もしかしたら、ギミックに対して反発すること自体が、邪気が惹起されたことによる結果なのかもしれないが、真相は藪の中である。そのままクローゼットの奥に押し込まれて待っていると、わずか一日ほどで二度目のチャンスが巡ってきた。今度こそ、と期待した。細く柔らかい腕が袖の中を通り抜けていく感触があって、長い髪が襟元をくすぐった。ジャクジャキジャッキジャケットはそれを基点に、「着用者」を認定。ギミックが動き出す。
それが彼、ないし彼女、ないしそれ、つまりジャクジャキジャッキジャケットの実に奇妙な運命の始まりであり、ギミックを使用したその『女神』の不幸の始まりであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます