#4
「ちゃんと生きる」、という曖昧な決意をしたところで、もちろん自分を取り巻く環境が変わることはない。
それでも、気の持ちようで、案外毎日は変わるものだった。
小さくても、楽しいことは毎日ある。
仕事で少しうまくいくことがあれば嬉しいし、誰かにお礼を言われればいい気持ちになる。
もちろん、嫌なことだって毎日ある。
通勤電車が混んでいるのは嫌だし、遅くまで仕事をして帰るのが遅くなれば疲れる。
別に、プラスの出来事もマイナスの出来事も、今までと何も変わっていない。
それでも、あの月の夜に吸血鬼と出会って、恋をして、自分はちゃんと生きようと思った。
それは単に、日々の出来事にきちんと自分自身の感情を動かすことであって、いいことも悪いことも、自分なりに受け止めていくことにした。
今は、感情がすり減って死んでいく感じはしない。
生きている、とちゃんと思えている。
そうして一年ほどが過ぎて、以前と同じように真円の月が輝く晩、帰り路に、僕はまた紅色の着物を着た彼女と出会う。
前方10メートルほど先に、その姿を見つけた。以前よりも遠い距離で気付いたのは、僕の視線が前を向いていたからかもしれないし、彼女の姿を無意識にずっと探し求めていたからかもしれない。
その姿は全く変わらず、紅色で、薄い色で、美しかった。
僕はまた立ち止まり、彼女が近づいて来る。
前のように、すれ違う。
瞬間、彼女が呟いた。
「少しは、マシな血になったんじゃない」
その言葉は、確かに僕が聞きたい言葉だった。
僕が思わず振り返ると、そこには彼女の姿は無い。
吸血鬼は、もう霧に姿を変えて、姿を消してしまっていた。
少し寂しいけれども、僕はまた歩き出す。
月が綺麗で生きてみる 空殻 @eipelppa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます