#3

アパートに帰って部屋の電気をつけると、カバンを脇において、僕はそのままベッドに横たわる。

結局コンビニに寄ることもせず、夕飯と呼べるものは何も食べていない。

それでも、空腹は全く気にならなかった。


考えているのは、帰り路に出会った、吸血鬼と名乗った彼女のこと。

その姿は現実離れしていて、そして美しかった。

彼女が吸血鬼であることを僕は全く疑っていない。

そして、彼女が言った、『不味そうな血』という言葉も、つまりは真実なのだろう。

僕の血は、ひいては魂は、きっと不味いのだ。


彼女は、ちゃんと生きていないから魂が不味いのだ、とも言っていた。

そうなのだろうか。だとしたら。

「どうしたら美味しくなれるんだろうな?」

思考を音声にしてみて、数秒後、自分の思考が混線していることに気付く。

どうして、自分の魂が、あるいは血が、美味しくなる方法を考えているのだろう。

吸血鬼に、血を吸ってもらいたいのだろうか。

そこまで考えると、それは明確にノーだと言えそうだった。別に血を吸ってもらいたくなどない。

ただ、もっと根本的に、今の自分の思考は、彼女と関連していることは間違いなかった。


ぐるぐると考えているうちに、疲労のせいか、気が付くと目を閉じて、意識は夢と現実の境目を浮遊していた。

繰り返す映像は、月の下で、今夜出会った吸血鬼。

紅色の着物と、不健康なほどに色が薄い肌と髪。

紅い目が、こちらを見ている。

その光景は幻想的で、やはり美しいと思った。

僕は、間違いなく心を奪われたのだ。

思えば、それはここ最近で一番、心を動かされた出来事であって、この感情の動きはきっと。


そこまでうつらうつらと考えて、そこで意識は現実に戻ってきた。

目を開ければ、そこは見慣れたアパートの部屋。

ただ、感情の理由付けはもうできていた。


僕は明白に、吸血鬼に恋をしていた。

彼女を見た瞬間に、綺麗だと思った。

その存在に魅入られていた。

だから、彼女に存在を認めてもらいたくて、血が美味しくなるためにはどうすれば、などと考えていたんだろう。


人外の存在に恋するのは、狂った感情なのかもしれない。

それでも、その感情を否定することはできなくて、だからやっぱり、自分の血が美味しくなる方法を考える。

もちろん考える必要もなくて、その方法も彼女が言っていた。

「ちゃんと、生きてみよう」

とても概念的で、道徳的な決意を固める。

動機は、吸血鬼に恋をしたから。不純で、狂気的だ。


それでも心が安らいで、目を閉じるとすぐに眠りに落ちた。

そうして、彼女と出会った月夜が終わって、目を開ければ、ちゃんと生きていくための朝が始まる。



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