【ショートショート】夜中になると消えるバラ【2,000字以内】

石矢天

夜中になると消えるバラ


 ここは郊外のバラ園。

 赤、白、黄色と、チューリップも顔負けの彩りで、庭一面を埋め尽くすバラ。


「へえ、綺麗だわ! 素敵なところじゃない」


 バラはキッチリ等間隔で植えられており、それぞれの色のバランスも均等に見える。きっとバラ園のご主人が几帳面な性格なのだろう。


「ボ、ボスの方が素敵ですよ」


 気持ち悪い顔でなんか言っているのは助手の佐倉だ。

 コイツはいつもそう。こっちがいい気分でいるとすぐにぶち壊してくる。


「うるっさいわねぇ。そういうセリフはね、ある程度好感度があるから効果があんの。あんた、そんなんだからモテないのよ」


「しょ、しょんなぁ。しどい」


 その子音が全部サ行になるのも意味がわからない。

 顔は悪くないから助手にしたのに、中身がこんなにヒドいとは。


 やはり面接はしっかり中身を見なくてはダメだ。


「お待ちしておりました。探偵さん……あの、なにがあったのか存じませんが、もうそのへんで……」


 佐倉を物理的にシバいていたら、依頼人であるバラ園のご主人に見つかってしまった。


「ああ、これは失礼しました。呼ばれて駆けつけました。探偵です」


 アタシは佐倉をシバく手を止めることなく、ご主人と会話をする。


「たしかご依頼は『夜になるとバラがいなくなる』でしたか」

「はい、左様でございます」


「いなくなる、ということは朝には帰ってくるわけですね」

「はい、左様でございます」


「それで、夜どこに行っているのか調べて欲しい、と」

「はい、左様でございます」


 朝になれば帰ってくるというのなら、別に放っておけば良いと思うのだけど。

 バラ園のご主人としては気がかりなのだろう。


「お任せください! この探偵がバラの夜遊びを突き止めて差し上げましょう!!」


 こうしてアタシたちはバラたちの動向を見張ることにした。

 役割分担はこうだ。


 佐倉:見張り、連絡

 探偵:食事、入浴、仮眠


 これ以上ない完璧な役割分担に、佐倉も眉をしかめて喜んでいた。


 バラ園に併設されている宿も大変立派なものだった。

 全てがキッチリ整頓されていて、料理も見本写真がそのまま飛び出したかと思うくらい写真通りの料理が出てきた。


 バラのドレッシングで食べるサラダ。

 豚バラをいくつも重ねて作られたバラの花。

 食後にはバラの花びらを浮かべたローズティー。


 胃袋を満たし、バラ風呂で旅の疲れを癒したら、思いっきりベッドにダイブする。

 ベッドフレグランスも当然バラの香り。体中がバラに包まれたような気分。


 さすがのアタシも叫んだね。


「さすがにもうバラはいいって!!!!!」


 半日で一生分のバラを味わったよ。


 ブブブブ、ブブブブ。

 あ、スマホが震えてる。


「あ、もしもし、ボス。バラたちが動き出しました」


 佐倉からの連絡だ。ようやくバラ尽くしの館から解放される。

 そう思ったらつい「おっせえぇんだよ!!」って言ってしまった。


 今回ばかりは佐倉に謝っておいた。



 伝えられた場所にゆっくり歩いて向かうと、バラたちの宴会は宴もたけなわといった具合だった。


 佐倉はバラたちの宴会の証拠を押さえるため、カメラを構えていた。


「どう? ヤツラの様子は」


「いやぁ、これは相当溜まってますね」


 佐倉の言う通り、バラたちはすっかり羽目を外して酔っぱらっている。

 白いバラはピンク色に、黄色いバラは橙色に、赤いバラはさらに真っ赤になってくだを巻いていた。


「あんなにピッチリ揃えられたら息が詰まらぁ」


「俺の隣だったヤツなんか、2ミリずれてたからってバラ風呂行きだぜ」


「もうちょっとユトリが欲しいよな」


 わかるわ。

 アタシなんてまだ半日しかいないのに、バラたちの気持ちがわかり過ぎるほどわかってしまう。


 あのご主人はちょっとキッチリが行きすぎてるのよ。


「佐倉、ちょっとソレ貸しなさい」


「え? あ! ちょっと!!」


 アタシは問答無用で佐倉のカメラを取り上げるとデータを全削除した。


「なにするんですか!?」


「こんな証拠、誰も幸せにならないでしょ。あんた、そんなんだからモテないのよ」


「しょ、しょんなぁ。しどすぎる」




 次の日、アタシはご主人にウソの報告をした。


「バラたちは行進の練習をしていましたよ」


 そう言って証拠の写真を提示する。

 あのあと宿に帰ってすぐに作ったフェイク写真だ。


「ほお。これは見事な」


 一糸乱れず行進しているバラたちの写真にご主人が感心している。

 フェイク写真だからそれくらい楽勝である。


「やっと、私の想いが通じたようです」


 そんなことを言って涙ぐむご主人と、愛想笑いをするアタシたち。


 事件の発端となったバラたちの不満は全く解消されていないし、これからも彼らは酒盛りを続けるだろう。


 実際のところ、この事件は未解決以外のなにものでもないのだけど、そんなことはアタシの知ったことではない。




      【了】



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2022/9/15 連載開始


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【ショートショート】夜中になると消えるバラ【2,000字以内】 石矢天 @Ten_Ishiya

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