第6話
どうやら俺は、護符の加護で安全な場所へと逃げることができたらしい。それにしても、ここはどこだ? これまでに来たことのないところみたいだが……。──そうボヤッとしていられるのも、つかの間のことだった。辺りから、得体の知れない魔の気が漂ってくるのを感じたからだ。
おいおいおいおい、護符は安全な場所まで退去できるんじゃなかったのかよ? ここのどこが安全だっていうんだ!? 地図を見なくても、分かる。この圧のある魔の気は、古城に住まう悪魔のものだ。つまり、ここは王の間からさほど遠くない場所ということだ。
あまりの濃い魔の気に、否が応でも冷や汗をかく。勝手に早くなる呼吸を何とか落ち着かせながら、俺は一刻も早くこの場から逃げることを選択した。
***
慌てて滑り込んだ部屋には、立派な机と書棚があった。どうやら、ここは王の執務室らしい。こういう場所こそ、情報に溢れ、そして脱出口もあるというもの。調査しないという選択肢はない。
だが、悪魔からほど近い場所である、つまり、あまり安全な場所とは言えないということも確かだ。慎重に事を進めなければならない。
俺はできるだけ静かに、部屋の中をまずは観察した。そして、書棚の一部に違和感を覚えた。そっとそこに近づいて、一冊の本に手を触れる。すると、本が少しばかり後方に下がって、それを合図に棚がズ、とゆっくり動いた。──隠し通路だ。
周りの気配を気にしつつ、マッチを擦った。隠し通路の内側に書棚を元に戻すための装置があるはずなんだが、見つからない。元に戻しておかないとグールがやってくる心配があるんだが……致し方ない。そのまま、先を進むとしよう。
何階分、階段を下っただろうか。きっとここは地下一階か二階だろうというところまで下った先に、扉がひとつあった。階段はまだ続いていたが、俺は扉を開けてみることにした。
そこはまるで、赤ん坊の寝室のようだった。小さなベッドに、朽ち果てたベッドメリー。ボロボロになったぬいぐるみなどが散らばっていた。
もしや、ここで儀式に利用した忌み子を育てていたのか? それならば、もしかしたら、悪魔召喚に使われた魔本も近くに隠されているかもしれない。
辺りを探ってみると、乳母がしたためたであろう赤子の成長日誌的なものを見つけることができた。それによると、どうやらこの赤子は儀式を執り行った王の実の子であったらしい。
双子の弟として生まれたその子は忌み星の業を背負い、兄として生まれたほうは聖なる星の加護を受けていたという。そのため、弟を贄に悪魔を召喚することでさらなる業を背負わせて、対する兄の星の輝きを強めることで繁栄を得たようだ。
そんなことをすれば、兄という輝きを失えば弟の闇が増すばかりで、魔に飲み込まれるのも当然といえる。ちょっと考えれば分かることだろうに、当時の王様は目先の名誉と金しか見えていなかったのだろう。なんて愚かしい。そして、自身の子を手にかけることを何とも思わないだなんて、なんて胸糞悪い話だ。
成長日誌には弟君の名前も記されていた。何とはなしに、声に出して読んでみると、聖書が熱さを伴ってほんのりと輝いた。──悪魔の真名は、弟君の名か!
真名は分かった。聖書を手に、一言一句間違うことなく真名を告げ、銀の大杭で胸を刺し貫けば悪魔を倒すことができる。つまるところ、今すぐ悪魔に挑みに行っても、運が良ければ倒せる!
だが、悪魔も易々と真名を告げさせてはくれないだろう。いくらか応戦して、弱らせなければいけないはずだ。となると、夜が更けるにつれて強さを増しているはずの悪魔を今相手するのはかなり分が悪い。残りの聖水と銃だけで戦えるとは、正直思えない。
どうする? 戦うか、逃げるか。戦うか、逃げるか……。
進退に迷って考え込んでいる俺の脳裏に、ガリ、ガリガリという引っかき音が割って入ってきた。どうやら、隠し通路の扉を閉めてこられなかったせいで、ここまでグールがやってきてしまったようだ。
……しかたがない。やはり、一旦脱出して、万全の状態で悪魔祓いに臨もう。
そう決断すると、俺は部屋の奥にあった扉に手をかけた。その先に、脱出口に繋がる道があると信じて……。
悪魔退治人ロアン 古城からの脱出 小坂みかん @MikanOsaka
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