終劇
内戦は終わった。
狂四狼が草薙を討ち取った後、大きな支柱を失った無限大の正義の会に動揺が走った。すると狙っていたかのように安岡警察監補は無限大の正義の会を裏切り、改造人間二号と四号と第一管区隊を総動員して背後から霧崎真一を討ち取った。
そうして戦力は散り散りになり、戦争はあっけなく終了した。
表向きは平和になったが、無限大の正義の会の残党が多数いる。彼らは変身促進剤と安定剤を所持したまま逃走を続け、都会は依然として自爆テロの脅威に晒されている。
しかし社会は少しずつ変化を見せ、戦災孤児、在日外国人、部落民、障害者を支援する財団などが作られ、日本人一致総団結は見直された。人々は復興の貪欲さをしばし忘れ、戦前の寛容さを取り戻しつつある。
着々と人々は前に向かって動き出していた。
風間風助二等警察士は重症を負ったが、戦線に復帰した。もう命令無視をすることはなくなり、しっかりと任務をこなしているそうだ。
満月は春に、訳あって東京へと引っ越した。そこのバラックでひっそりと生活している。結婚はまだであったが、遺族年金も出ているため生活に困窮することはなかった。それは前田上官の計らいにより、事実婚として認めて貰ったからだ。
「はぁ……今日かぁ……」
満月は今日、我が家である四畳半のそのバラックに風助を迎え入れる約束をしてしまった。以前から会いたいと言われていたが、青森から東京へわざわざ来ることはないと本気にはしていなかったからだ。
満月はこの風助と言う男が好きになれない。女のような顔付きで旦那様をたぶらかしたに違いないのだ。今まではなんとか言って適当に逃げ回っていたが、区切りの良い日を迎え、ついに先日捕まってしまった。朝早くに来るそうだ。
その日の早朝、満月は寝巻のまま風助が来る前に身の回りを片付けておいて、さらにバラックの外回りの手入れまでも行っていた。
「あ、何か芽が出てる」
別に家庭菜園に目覚めた訳ではない。前から生ごみをまとめて捨てておいた野菜の種が発芽しているようだった。
「おはよう満月ちゃん。今日も可愛いね。畑でも耕しているのかい?」
近所のおじさんとも仲良くやっている。
「おはようございます。耕しているつもりはないのですが、生ごみに混じって何かの芽が出ているようで……」
「ほう、どれどれ?」
おじさんが隣の家との境目が曖昧な庭に入り、小さな芽をじっと観察する。
「自信はないが、……多分南瓜じゃないか? こりゃ……」
「はぁ……確かに食べた気はしますが……それはそれは……」
「「しぶとい……」」
ハモってしまった。
「せっかくなので育ててみようと思います」
「それが良い。こいつら生命力が強いから上手くいけば案外あっさり実るかもしれん」
満月は南瓜を育てることにした。なんだか今日は良いことがありそうだ。
「今日から心機一転、頑張らないと……」
体を動かして汗をかいたので、寝巻のまま庭で桶に水を張り、行水をして身体を綺麗にする。
満月は狂四狼が死んだ後も自分を磨くことを怠らなかった。それは狂四狼が遠い空から見ているかも知れないからだ。そう考えるといつも綺麗な自分でいたいと思う。
「うへへ」
近所のおじさん再び。
「訴えますよ?」
「退散退散」
体を拭いて、着替えている最中、玄関のドアでノックの音がした。
恐らく風助だろう。
あまり時間がないが、丁度良い。追い出す口実ができる。
****
「僕は率直に言って貴女のことが嫌いです」
「奇遇ですね、私も率直に申し上げて貴方のことが嫌いです」
満月はちゃぶ台の上に熱く渋いお茶を一杯出す。猫舌で甘党らしい風助はぐっと堪えるつもりでこれを飲み干した。
「先輩は貴方さえいなければずっと戦場で僕達を守ってくれた筈だ。僕達を導いてくれていた筈だ」
「旦那様は貴方さえいなければ早くに戦場を抜け出せていました。日の当たる場所で、取るにならない人生かも知れませんが真っ直ぐに生きられた筈です」
風助は小さな風呂敷に包んだ紙幣の束を二つ掴むとちゃぶ台の上に置いた。その紙幣の束を満月の方へと押しやる。
「でもまぁ僕は貴女を任されたので、面倒は見ますよ。必要な物があれば何でも言って下さい。勉学が不安でしたら家庭教師も呼びましょうか? その他生活も支援します。その後の就職の斡旋まで全て面倒を見てあげます。僕の実家はお金持ちなので」
「結構です。勉強も自力でできましたし、金銭面のことでしたら遺族年金と褒賞金が出ています」
満月はその紙幣の束を風助の方へと押し戻す。
「強情な人ですね、ですが貴女身寄りがないそうじゃないですか。しばらくは様子を見させて貰いに来ますよ」
合格、おめでとうございます。と言うと風助はバラックを去った。
また来るのか……と溜息を漏らし、満月は初めて着た制服姿で狂四狼に話しかけた。
「では行ってまいります。嘘吐きの旦那様」
最後の戦いに赴く前、『必ず帰る』と話して行ったのに…………帰っては来なかった。でも旦那様の最期を見届けた人は皆揃って「あの人は最後まで足掻き、諦めなかった」と話した。あの人は自分の願いを掴み取ることに全力を出したのだ。それなら良いと思う。
満月は小さな仏壇に手を合わせ、祈りを捧げる。そして満月は鞄を持って玄関から外へ出た。学校へ向かうために…………。
この春、彼女は星間物理を学ぶ高校生になったのだ。
満月は桜の花びらが舞う道を歩き出した。
絶命剣『死狂』 安東陽介侍 @a_a_9yo
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