第25話 大海竜祭【狩人】(1)

 エドガーとステラが甘酸っぱい雰囲気を醸し出している間に、浜辺に設営された仮設指揮所ではラブリスとクラウス海竜討伐の戦況を見守っていた。


「今年は、かなり中型水竜が多いですね。そのほかにも、クラーケンやバグズフィッシュなどの魔獣も数多くいます。ドルフィン隊が、漁船団には近づけさせないようにはしていますが、大海竜の本隊が接近した場合は、いったん民間船を下げさせた方が良いでしょう」


「うん。良い判断ねクラウス。引き続き貴方に任せます」


「はい、ラブリス様」


 クラウスは、水着姿でありながら臣下の礼を崩さない。


 均整の取れた細マッチョの肢体がブーメランパンツから伸びていた。


 また、南国の果実のような深紅の水着を纏ったラブリスの姿も目を引く。


 仮設指揮所内にわざわざ置かせた、ビーチチェアの上に横たわる。


 軍服のジャケットを羽織ってなお彼女の優雅さ、美しさは欠片も損なわれないようだった。


「姫様はよろしいのですか? 私がおります。せっかくの祭りですから、ご自由にされても良いのですよ」


「あら、クラウスもそんなこと言うんだ。びっくり」


 いつでも真面目な近衛騎士が、そのような事を言うのは稀有な事だった。


「ちらちらと気にしておられたようですので。エドガーはステラと共に浜の方にいるはずです」


 クラウスの言葉に、ラブリスは苦笑いした。


(嫌ね、見透かされてしまったわ)


 最初ラブリスも、もっと遊ぶつもりだった。


 海竜祭りも毎年やっているものだ。実働部隊の面々も慣れたものであるし、自分が指揮をとらずともクラウスがいる。少しくらい抜け出して、エドガーにちょっかいをかけに行こうとも何も問題はない。


 だが――


「良いの。彼、頑張ってくれたから。邪魔しちゃ可哀そうでしょ」


 指揮所内の軍用端末には、湾内の戦況情報が次々に更新されている。


 エドガーの築いた魔導コア月光を介するネットワークは、戦術の幅を飛躍的に拡大させていた。なにせそれぞれ小型艇の状態がリアルタイムで確認できるのだ。


 こんなすごい物を一週間程度で作ってしまうなんて、一体彼はどういう頭の構造をしているのだろう。ラブリスの興味は尽きない。


 それにステラも日々エドガーのサポートを献身的に行っている。


 彼女にも幸運があってしかるべきだろうと考えていた。


「姫様が良いのであれば、よろしいのです」


 静かに頷くクラウス。彼はどこまでもラブリスの忠実な従者であった。


「――ああ、そういえば、先ほどソナー手から連絡がありました。海底から浮上する巨大な生命反応があったそうです」


「巨大って……、もしかして深淵竜?」


「おそらくは。確認されたのは優に十数年ぶりと思われますが、おそらく上がってくるでしょう」


 それはこの近海では、伝説とされている存在である。


 それが深く海底から浮上しつつあるというのだ。


 海竜祭りも大盛況である。巨大な伝説の存在が上がってくるというのならば、祭りのトリにぜひとも討ちとりたい。


「カティア海の幻の珍味、深淵大海竜アビスサーペントのお肉。一度食べてみたかったのよね」


「ええ。私もぜひ姫様に召し上がっていただきたいと思います」


 そうと決まれば、行動あるのみである。


「トトリ、エドガー君に連絡して。祭りの大トリで、深淵大海竜を迎え撃つわよ!」


 にわかに指揮所はあわただしくなった。


「がぜん、面白くなってきたわね!」


 赤毛の王女は、痛快に笑った。




 深淵大海竜アビスサーペント


 ユルシカ諸島近海の海溝部、その最深部に生息する。大海にて豊富な魔素を取り込んだ末に、百年以上という長きを生きた海竜が変ずると考えられており、通常の個体よりもさらに巨大な体躯と、純白の体色を有する。


 胸部には琥珀の魔力核を備え、雷撃を自由自在に操る。その力は、大海を荒れ狂わせ、多くの船舶を沈めたと言われる。



 海竜祭り二日目だ。

 基地のブリーフィングルームに招集されたエドガーたちは、作戦説明を受けていた。


「ブリーフィング・リーダーを務めます。実働部隊所属、ライチ・ベルナルド伍長です。よろしくお願いします」


 壇上に登ったライチが、空間投影された作戦図を指し示す。


 ユルシカ基地ではライチのような下士官でもこのような役割が回ってくる。


 精鋭少数を旨とするこの基地ならではの特徴だ。

 基地司令ラブリスは階級を気にしない。


 有能なものはどんどん使うのが彼女の流儀だった。


「深淵大海竜は、荒ぶる海の神として、長年信仰されてきた経緯があります。理由はその高い魔力量です。原始的な魔防壁を有しており、過去魔法技術を使った人類をことごとく返り討ちにしてきたという歴史があります。もちろん魔防壁ですから現代の魔導陣砲も無効にされると推測されます」


 作戦図と共に示されているのは、白雷をまとった厳めしい海竜の姿だ。


 通常種よりも、巨大かつ狂暴。荒れ狂う深海の主。体長は三〇〇〇メートルを超す個体もあるという。


「その為、古来より、銛や槍などの近接武器を用いた狩りが行われていました。ユルシカの伝承では、かの竜に挑む若者たちは海の勇者として崇められたそうです。ただし、現代でそれをやるのは、ナンセンスですね。危険すぎです。今の時代に、勇者って言われても……、ですね」


 一同もっともだと頷いた。冒険者の時代は終わったのだ。


「――なので、今回は、新規に開発された物理砲をメインに使用します。新兵装の説明を、エドガー技術大尉にお願いします」


 促されて、壇上に上がったのは、白衣をまとったエドガーだった。


 エドガーに皆の視線が集中する。

 これは緊張するなと、汗が一筋流れるのを感じた。


 ライチに手渡された投影機のコントローラーで画面を切り替える。


 そこに映し出されたのは、高台に設置された小型の砲である。


「えー、今回使用するのは省魔力・小型化に改造した、新型電磁加速砲ライトニングレールガンです。『ケラウノス・コール』と名付けました。試作六基をすでに配置ずみで、弓状の浜の右翼に三基、左翼三基。湾内で十字砲火の形を取ります。そのため、ドルフィン隊は深淵竜をけん制しつつ、内湾中央に誘導していただきたい。所定の位置に到着次第、一斉射を開始します。連射間隔は秒間三発、連続五分は撃ち続けられます。一発一発が重いので、所定の位置にさえ連れてこられれば、数分で沈黙させることが可能と思います」


(噛まずに言えた……)


 エドガーは内心胸を撫でおろした。


 電磁加速砲の改良が間に合ったのは僥倖だった。


 魔防壁を備えた大型魔獣。試し撃ちには最適の相手と言える。


「実働部隊、リキッド・アブドゥルだ。質問良いだろうか?」


 手を挙げたのは、古株の戦傷、リキッド特務曹長だ。


 部隊の中でひときわ職人気質な彼は、作戦準備段階の今こそ緩みがない。


 戦闘は、戦う前から始まっているということを骨の髄まで理解している職人肌の男だ。


「もし、俺たちの包囲を突破された場合はどうする? 深淵竜はかなりタフだと聞いている。ドルフィンの火砲では有効打撃は与えられない。それでも、うっとおしがってくれれば良いが、最悪無視される可能性もある。浜にまっすぐ向かったり、逃げられた場合は?」


 鋭い指摘に、エドガーはうなずく。


(大丈夫大丈夫、その対策も持ってきているんだ)


 と、跳ねる鼓動をなんとか抑えた。


「その場合は、一旦引いてください。ケラウノス・コールで誘導的に砲撃を開始します。決定力が不足すると思いますので、動きが止まったその時――」


 エドガーは、画面を切り替える。


「これを使います」


 おお……と、どよめきが走った。


 それは、とてつもなく巨大な砲であった。


「八八式を強化カスタマイズした超長距離狙撃用電磁加速砲『オメガ・ケラウノス』です。発射予備時間を三分まで短縮できましたが、連射性が犠牲になりました。一発撃った後は一時間クールダウンを要します。ですが、弾速・威力ともに極めて高いので一撃必中です。かすっただけでも無事ではすみません。まさに決戦兵器の風格です。まぁ、湾でぶっ放して対岸に当ったら、地形が変わるかもしれないんですけど」


 皆がどよめいているなかで、ステラも顔をひきつらせた。


(これも知らないやつ! エドガーさん、いったいあの人、何個同時に作っていたの? あとで絶対に引っぱたかないと……!)


 エドガーさんは本当に寝ているんだろうか? 


 いくら何でも作業速度がおかしくない?


 考えれば考えるほど、ステラの眉間に深い皺が刻まれる。


(姫にも文句言ってやる……。あの人、絶対知っていてエドガーさんに好きにやらせてる!)


 そう決意を新たにした。


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