第24話 大海竜祭【水着】

 そして二日後。


 ユルシカの浜辺はどこまでも突き抜けるような快晴だった。


「それではこれより、第十八次・海竜掃討作戦を開始する! 各員奮闘せよ!」


「「「おおおおおおおぉぉぉおおおおおおおおおおおおっっ!!!!」」」


 拡声器で伝令されるラブリスの号令に呼応し、浜辺が震えるような大音声が響き渡った。


「おらぁあ! 中型水竜そっち行ったぞぉ! 逃がすなよぉ!」


「誰にもの言ってやがる! っしゃあ、オラぁ! 電磁銛ボルトハープーンをくらえええ!」


 ムキムキのマッチョたちが、水着姿で銛を振り回す。


 ユルシカ基地に配属されている、水上掃海艇ドルフィン(定員十名)は小型で高機動なのが売りだ。計二十機が湾内を縦横無尽に走り回り、海の魔物たちを次々に討ち取っていた。


「すごい光景だな、これは……」


 浜辺でそれを眺めていたエドガーは、驚きを隠せない。


 実働部隊の奮闘もすごい。


 いつになく気合が入っているし、みな楽しそうに海竜狩りを行っていた。


 しかし、それだけではないのだ。


 視線を浜辺の方に向けると、沢山の海の家、屋台が立ち並んでいた。


「はーい、いらっしゃい、いらっしゃい! ユルシカ印のイカ焼きだよー」


「海竜そばはどうですかー???」


「取れたてのクラーケンたこ焼きだよ~、おいしいよ~」


 本来ならば、作戦行動中。

 であるのに、なぜかユルシカ基地の浜辺には、次々と民間人が流入してきていた。


 若者や家族連れ。みな水着に着替え思い思いに楽しんでいる。


「次~、海竜水揚げ行きますよー!」


「民間の方型に新鮮とれたてを振舞うぞ。解体チームかかれ!」


「「おおお――――!!」」


 大男たちが、水揚げされた海竜に向かっていく。


 巨大な工具を構え、手早く竜の解体を行っていたのだ。


「いや、いったいなんなんだ、これ……」


「だからお祭りだって言ったじゃないですか」


 そうエドガーに声をかけたのはステラだった。


「海竜のお肉は、このあたりの名産なんです。油が乗っててとっても美味しくて。栄養も抜群なんですよ。魔導機関の発達前からこのあたりは海竜漁が伝統文化なんです。あと海竜に追い立てられて、他のお魚や魚介類もたくさん島に近づくので、大漁になるんですよ」


 ステラが言うように、沖では民間船と思わしき漁船が複数、網を投げているのだ。とれたて新鮮な魚介を海の家で調理し、みんなで飲み食いする。そういうお祭りのようだった。


「はぁ、ほんとにすごいね。これは豪快なお祭りだ……」


 その熱気、活気に圧倒される。

 誰もかれもが真夏の熱に浮かされていた。


 また、民間人も水着や薄着のものが多いのだ。

 とても開放的な景色が広がる。


 そして、ステラも……


「や、やだ。そんなにジロジロ見ないでくださいよ……」


「いや……、ごめん。その、あの……」


 エドガーが見る限りステラの水着は、かなりエッチなものだった。

 まって、それは良いの? 許されるのか⁉ 


 とエドガーは混乱した。

 どきどきして、目が離せない。


 紺色と白のストライプ柄のビキニなのだが、ステラの胸を支えるには、布面積が少ないように思える。心許なげな肩紐に支えられた胸元は大きく開いていて、白い肌が眩しい。ふくらみは寄せて上げられ普段よりも立派に思えた。


(す、すごい、迫力だ)


 ごくりと生唾を飲み込む。


 そして、何より彼の目を引いてしまうのは、上腹部から緩やかなカーブを描くなだらかなお腹だった。ステラも軍人である。実働部隊ほどではないが、それなりに鍛えている。


 スタイルは端的に言っても良い。

 なんてきれいなお腹なんだろう……。すべすべで、柔らかそうで……。


 おへそが可愛い。あれ、触りたい、すりすりしたい……。

 そういうたぐいの欲求に支配された。


 エドガーは性的なものに対して鈍感な男だ。

 しかし、それでもこうなった。彼の性癖はお腹だったのだ。


 そして、パンツの形状も大胆不敵に大優勝する。


(ひもだ……)


 紐パンだった。


 両端で結ばれたひもが男の妄想を助長する。

 あれを引っ張ってしまったらどうなるのだろう。


 もしかしたらするりと落ちてしまうのではないか?

 何かの拍子に指が引っかかってしまったら? 


 それは大惨事なのではないか⁉

 実際は、そういうデザインなだけなのだが、そんな事はエドガーには知る由もない。


 自身の妄想にとらわれたエドガーの思考は空転した。


(かわいいし、……えっちだ) 


 水着の上に申し訳程度にパーカーを羽織っているが、それがまた逆にエロい。


「ちょ、ちょっとエドガーさん、見過ぎですよ……」


 恥ずかしそうに前を隠すしぐさがさらに男心をくすぐった。


(めちゃくちゃ見てる……、そんな顔初めて見せるじゃないですか……)


 対するステラも恥ずかしさの極みにあった。

 頬はほんのりと桜色に染まっているし、目は潤んでいた。


 彼女は彼女で混乱していた。


 この水着はエドガーが赴任してくる前に、コリント市で買ったものだ。


 親友でもあるトトリ・ストリクスと一緒に冷やかしに行ったはずが、テンションが上がってノリで買ってしまった。後で確認したら「さすがにこんなの着れない……」と後悔したのだが、結局着ている。


 ステラはこの数カ月、エドガーと寝食を共にして働いた。


 もともと技術畑だった彼女はかなり優秀なメカニックである。


 前の部隊では尊敬できる上司に恵まれなかった。彼女からするとほかのメカニックや、魔導機関技師は技術も知識もたいしたことがないように思われた。


 結局私が一番できるじゃない……。そう思っていたところに、エドガーという規格外な男がやって来た。共に働くうちに、まだまだ自分はひよっこだった、と痛感させられたのだ。


 尊敬した。その尊敬が好意に変わっていった。


「えっと、あの、どう、ですか? 私の水着……」


 彼女は彼女で、エドガーに見てもらいたいという下心が抑えられなかった。


 抑えられなかった割に、いざ見られると恥ずかしくてたまらない。でも、やめられない


(私はどうしてこんなことしてるの? も、もう自分がわからない!)


 と思いつつも。


「え、えい」


 ポーズを決めた。前かがみで胸を強調する。


「お、おお」


 エドガーが食いつく。それをみて、ステラもうれしくなってしまう。


「こ、これは?」


 次は腰をひねって、足とお尻を突き出す。


「なんとぉ……、えっちだ。えっちすぎる」


「つ、次はですね……」


 はぁはぁと熱い吐息を吐く二人。


 エドガーの視線が痛いほど肌に刺さってステラも興奮した。


 もはや彼の視線は変態エロおやじのそれなのであるが、対するステラも嫌ではない。


 むしろ兵器にしか興味がないと思っていた彼が、自分に興奮してくれているのが嬉しかった。


 次々とポーズを変え、グラビア撮影会さながらのパフォーマンスをしているのは、たいへん奇妙な光景である。


 だが、双方顔を真っ赤にしてやっているのだから、傍目で見る分には大変尊い光景であった。


『ほほーう、いいねぇ! ステラちゃん、きゃーわーいーい!』


 そんな二人に水を差すものがいた。


 ふいに、エドガーの肩に現れた月光が煽ったのだ。


「な、なんで月光さんがいるんですか! ここ倉庫から結構離れてますよ⁉」


 ステラの驚きはもっともだ。


 月光の仮想情報端末の有効範囲は、月光コア本体から、半径一〇〇Ⅿ程度のはずだった。それなのに、遠く離れた南の浜に月光が出現している事にステラは疑問を抱いた。


「あ、それはだね。あそこに無線標識ビーコンが立ってるからだよ」


 エドガーの指し示す方向、浜から少し離れた高台に小規模の鉄骨塔が立っていた。


 頂点で光を放つのは、小型の魔導光炉だ。


「この前、ラブリス大佐に提案して作ったやつなんだ。月光の仮想情報端末の機能を拡張・中継して、より広範囲で月光が活動できるようにしたものだ。ついでに各種センサーも追加してね。月光に一元管理してもらっている。あれが島中にあるんだよ」


『俺様ちゃんパワーア―ップ! って訳だな。相棒のおかげで基地の中なら何でもわかるようになった訳よ。誰か探している時は俺様ちゃんに声かけるといいよ? 俺様ちゃんのセンサーの走査性能、大幅アップしてるから、何でもわかるようになった訳よ』


「うんうん。本当に便利になったんだよなぁ! 月光さまさまだよ!」


「は、はぁ……すごいです、ね……?」


 ステラは呆気に取られてしまう。


 何気なく言っているが、それってすごい技術なんじゃないんですか? と。


 それが本当ならば、ユルシカ島全体は月光の統制範囲ということになる。


 元々魔導艦艇用コアは、戦艦級の大型艦艇や要塞の火器管制を丸ごとコントロールできるようには作られている。


 しかしそれはあくまで、物理回線で接続しコントロール下に置いた場合だ。


 無線技術を用いて、基地全体に監視網を敷けるなんて、聞いてない。


 まさに異次元の技術なんじゃないだろうか。

 そして、エドガーさんは、そんな物をいつ作っていたの? 


 通常の仕事は一緒にしていた。じゃあ、それ以外の自由時間でやっていたということだろう。そういえば、しばらく前、二週間ほど、彼がふらふらしていた時期があった。


 あの頃、恐らく月光さんと一緒に……。

 そこまで考えてステラは察した。


「エドガーさん! あなた、また無理したんですか!」


「うわあ! ご、ごめん!」


 突然の大声にびっくりしたエドガーが反射的に謝る。


 彼もわかっていた。オーバーワークは、ステラに厳に慎むように言われていたが、思いついてしまったアイデアに好奇心が抑えきれず作ってしまったのだ。


「ごめん。でもさ、絶対この基地にも必要なものだと思ったから……」


「でも無理しちゃだめですよ……」


 ステラは悲しくなってしまった。


 なんでこの人はそんなに無理をしてしまうんだろう……と。


 亡くしてしまった父とどうしても被ってしまう。


 父の死は過労死というわけではないけれど、働いて働きすぎていたのは事実だ。


 その最中にテロに遭い命を落とした。


 だからステラは思ってしまう。無理をしすぎると死んでしまう。


 いなくなってしまうと。そんなのはどうしても嫌だった。


「――今度から仕事以外で何か作りたい時は、私にも言ってください……。無理のない範囲で手伝いますから……」


 ステラはエドガーの頭を抱きかかえる。


 まだ数か月の付き合いだったが、彼女は確実にエドガーに惹かれている。


 無理をしてほしくない。元気にいてほしい。そう心から思ってしまうほどに。


 いきなり水着のステラに抱きしめられ、エドガーも混乱した。


 だが、ステラの目に涙が溜まっている事に、さすがの朴念仁エドガーも気づく。


「ご、ごめん……、そんなに心配してくれるなんて」


「ほんとですよ。いい加減にしてくださいよぉ」


「うん。ごめんね。もう気を付けるからさ……」


 そんな二人を見ながら、宙に浮かぶ魔導コア月光は思う。


(これが青春だなぁ。人間ってこういう所がいい。うんうん、俺様ちゃんも眼福眼福ぅ)

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