第26話 大海竜祭【狩人】(2)
作戦開始の数時間前から海が荒れ始めていた。
それは大海竜が浮上する前兆である。
大海の中から電撃が宙に放たれた。盛り上がる海面からゆっくりと、深淵竜が浮上する。
電撃をまとったその姿は神々しく、まさに伝説にふさわしい威容である。
「目標を確認。湾外八キロメートル地点からデラ・ユルシカ南の浜に向けて海上を移動しています」
「了解です。総員、作戦位置についてください。状況を開始します」
オペレーターの報告を受けて、クラウスが作戦の開始を告げる。
エドガーたちは指揮所に詰めていた。
電磁加速砲そのものは、月光が遠隔で火器管制を行う。
人工精霊の超高性能演算ではじき出される照準は非常に高い精度を誇るのだ。
『そういえば、俺様ちゃんこれが初陣なんじゃね? いやー、緊張するなぁ』
口だけでちっとも緊張感のない月光にエドガーは苦笑いをした。
伝説の技術者グラナダとの武勇伝を散々聞かされた後にそんな白々しい事を言われても、笑うしかない。
「また冗談ばっかり……。ケラウノス・コールとの連動はどうだ? 無線接続にラグは無い?」
『良好だな。誤差、零コンマ零零八秒以下ってところだ。相棒。お前さん、通信技師でもやっていけるんじゃね』
「ほめて貰えて光栄だよ」
エドガーと月光のやり取りの間にも状況は進む。
粛々と海上を進む深淵竜は、お供の海竜を引き連れていた。その数九。
「湾内に入ったタイミングで攻撃を開始してください。アルファ隊とブラボー隊で後ろを塞ぐように。深淵竜の電撃に注意です。対魔防壁のレベルは最大に設定してください」
淡々と指揮を執るクラウスを満足そうに眺めるのはラブリスである。
コレクターの気質がある彼女は、部下たちが優秀であると嬉しくなってしまうタチである。
(エドガー君も、クラウスも、部隊のみんなも本当に素敵。うちの部隊が精強であれば、なにが起こってもきっと大丈夫だわ……)
赤毛の王女は、うっとりとした視線を皆に向けていた。
「やっこさんが、湾に入った! 行くぞ野郎ども! 根性見せろよ!」
総数十二機のドルフィンが、正面と両翼に展開し、砲撃を開始した。
搭載された、一基二門の連装魔導陣砲から放たれる火球は狙い過たず、随伴海竜の胴体部をとらえる。わき腹とヒレを抉られ、咆哮と共に身をよじる。
「初弾命中! ですが――、反撃来ます!」
同胞が傷つけられたのを察したのか、深淵竜が動いた。
長い首をくねらせ、火砲を放ったドルフィンに視線を向けた。
刹那、迸る紫電。
海面に当った電撃は大音響とともに爆発し、周囲に水蒸気の霧が立ち込める。
「回避成功! 回避成功! 攻撃を継続してください!」
ドルフィン隊が回遊しながら、火砲を次々と放つ。
深淵竜は反撃の手段を持っているものの、通常種はその限りでは無い。
一匹二匹と、脱落していく。
「なかなかにスリルのある戦いだなぁ! ライチよ!」
轟音と共に、背後に水蒸気爆発の余波を受けながら、船上にあるゴードン軍曹は笑っていた。
深淵竜の雷撃は止まないが、高機動でならしたドルフィンを捉えることはできない。
とはいえ危険である事は変わりはないのだ。
ゴードンとライチを後部甲板に乗せたドルフィンは大きくカーブを描き旋回する。
その背後で次々に炸裂する電撃。
「結構ギリギリですけどね! ゴードンさん、次弾お願いします!」
そして放たれる火砲。
翻弄された海竜たちは徐々に平静を失っていく。
戦果は上々だ。海竜は次々に沈んでいく。深淵竜も怒りに咆哮を上げる。
その怒りのままに、湾中央に誘導されていた。
お供を連れてきたのが運の尽きだとゴードンは思った。
仲間を殺された恨みで、深淵竜は平静を失ったのだ。
平静を失ったものは罠に気づかない。
そして、湾中央。射線の交差する地点に、哀れな獲物は侵入する――
『標的が、目標ポイントを通過。総員、速やかに退避を開始してください』
ドルフィン隊に仮設指揮所からの通信が入る。
「俺たちの仕事はここまでだ。よし、やっちまえ!」
実働部隊の声援を受けて陸に設置されたエドガーの新型砲が真価を発揮する。
『ケラウノス・コール。ファイア』
その時はすぐにやってくる。クラウスからの通信が告げた数瞬後だ。
――――カンッ
と、乾いた音が戦場に響いた。それは誰しも何の音か分からなかった。
ただ、ひとり――いや一頭、異変に気付いたのは、深淵竜そのものだった。
視界が、半分になった。
続いて、残りの視界が朱に染まる。
カン、カン、カンカンカンカンカン――――!!
左右から、飛来する礫が、次々と深淵竜の体を穿つ。その一撃一撃は鋼の硬度を持つはずの竜の体躯を無慈悲に、かつ無造作に貫通し、抉っていった。
最初の一撃で、頭部の半分を吹き飛ばされた深淵竜の意識はすでに無い。
しかし、首をもたげたままの彼は、続く斉射のために倒れ伏す事すらできずに、中空で徐々に形を失っていく。
鋼の礫が通過するたびに、抉られ、吹き飛び、消失していく体。それはなすすべのない、圧倒的な暴力だった。次第にあたりは血煙が漂う。
「――ま、待て待て待て! 斉射やめろ!! 竜が粉々になっちまう!! いくら何でもやり過ぎだ! 食う所もうねぇぞ!!!!」
あっけに取られたゴードンが通信機に向けて叫んだのは、斉射開始から三十秒も経たないころだ。通信を受け取ってようやく砲撃が止む。半ば骨格のみになった深淵竜が、ゆっくりと海面に倒れこんだ。
「なんだこりゃ……、エグすぎだ。こんなの戦いじゃねぇよ」
あたり一面、深紅に染まっていた。
海面にドルフィン隊以外、動くものは無い。
波間に漂うのはボロ切れのようになり果てた伝説の大海竜の遺骸である。
ゴードンは戦慄した。
目の前で行われた一方的な虐殺に鳥肌が立った。
いま使われたのは、狩り用の機械ではない。れっきとした兵器なのだ。
つまり、これはいずれ人に向けられることになる。
「いや、これ、ヤバすぎるだろ……」
こんな兵器は見たことが無かった。
こんな圧倒的な戦果は初めてのことだ。
「エドガーさんよぉ、あんた、なんてもん作ってんだ?」
一見人のよさそうな技術者の本領を垣間見て、ゴードンはもう一度戦慄するのだった。
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