第27話 王女の告白
半分の月が海面に光を降ろす。
潮騒がザザ、ザザと響く浜だ。
大活躍を果たした電磁加速砲のそばでエドガーは物思いにふけっていた。
新兵器の実証実験は大成功だった。
ある程度の予想は立てていたものの、想定よりもよい戦果を出すことができた。
あとは問題点だが……、弾体が小さいため、照準がシビアだ。現状、月光頼みの兵器であることを考えれば、管制システムを新規で構築する必要があるだろうか……。
そんな事を考えていた。
「ここにいたのね」
考えに熱中していた、エドガーに声をかけたものがある。
「あ、ラブリス大佐。どうしたんですか、こんな所まで」
赤毛の王女は、気安い笑みを浮かべながら「やっほ」と手をあげた。
夏といえど海風が吹く夜は少し肌寒い。
部屋着のワンピースに薄手のストールというラフな格好の彼女は普段見せる突飛さとも、作戦中の凛々しさとも違う年相応の乙女の雰囲気をまとっている。
「今日は、お互いステラに怒られてしまったわ。ごめんね」
深淵竜討伐作戦ののち、祝宴を上げる彼らを睨みつけていたのはステラだった。
月光の機能拡張の件。
オメガ・ケラウノスの件。
洗いざらいを聞き出され、二人してお説教をくらったのだ。
『姫はなんでエドガーさんに無理をさせるんですか!』
と、周囲が驚くほどの剣幕だった。
「すいません。心配かけさせた俺が悪いんです」
エドガーは心の底からそう思っていた。
電磁加速砲の中間報告の際のこと。
解体した八八式を再建し、狙撃機能に特化した砲を作ってほしいと依頼したのはラブリスだ。同時に、月光による火器管制の一本化を提案された。
その依頼は極秘でされた上で、基本設計をエドガーが担った。
実際の建造作業は、外部の国内軍需企業に依頼していたし、パーツ分割された完成品が運び込まれてから組み立てただけなので実はエドガーの負担はそこまででは無かったのだが。
「妬けちゃうわ。ほんとにあの子、君の事を大切に思っているんだもの」
「いつも心配してくれるんです。良い子ですよ」
やや過保護になってきているような気もするが、それでもエドガーも悪い気はしない。
働き過ぎだと小言を言われても、もっともだと思える。
ステラの事を想うと、自然と頬が緩む。
彼女の溌剌とした笑顔が脳裏に浮かんだ。
まぶしい太陽のような娘だと思った。
そんな彼をじっと見つめるラブリス。エドガーはそれに気がつかない。
「――もっと早く、手を出しておくんだったなぁ」
ラブリスはぽつりとつぶやいた。
自然な調子でエドガーの手を取る。エドガーが反応する前に、ラブリスは行動にでた。
そのまま彼の手を、自身の胸元に押し付けたのだ。
「なっ……」
動揺するエドガーを彼女は無視した。
自身の胸に手の平を押し付け、薄着の布のその中に滑り込ませた。
素肌のままのラブリスの胸。ステラよりも大きく、柔らかく。たやすく指が沈み込んだ。
「ん、ごつごつ……」
ラブリスの形のいい眉が表情と共に歪む。
エドガーが焦り、手を抜こうとするも、強い力で抑えられる。
困惑に対して、挑戦をはらんだ視線が交差する。
エドガーは、その視線から逃げられなかった。振り払うこともできなかった。
手荒く扱えば傷つけてしまいそうな、柔らかな女の肌の感触にエドガーは硬直していたのだ。
「提案……、なのだけど。王家の女に興味はない? 望むなら私をあげるのだけど」
そのまま、ラブリスは顔を寄せた。
吐息を感じるほどに近い距離となったまま、彼女は続ける。
「私の見る目は正しい。私が君をここに呼んだ。でも、もう、それだけじゃない。君は力を示した。だから私は本気になってしまった」
「――ま、待ってください。なんのこと」
「私は強欲だわ。全てが欲しいの、エドガーくん。来るべき戦いのために。君が必要だと強く思ったの」
月明りを閉じ込めたようにラブリスの深紅の瞳は、キラキラと輝いていた。
まっすぐに注がれる視線と、強い意思を持った口元に、エドガーは目が離せない。
「ステラとキスした?」
「し、してない……です」
「そうなんだ」
「――――――お先にいただき」
気が付けば、唇を奪われていた。
それは刹那の間だったかもしれないし、思いのほか長かったのかもしれない。
ラブリスが顔を離してくれた時、そこにあったのはいつもの軽快な王女の顔だった。
「こ、これは前払いよ。唾は付けたから。本当に考えておいて。王女の誘いを断るのは罪深いわよ」
と宣言する彼女の顔も朱に染まっていたのだが、エドガーは気がつかない。
「あ、あと今更だけど、うちの隊は特殊だから。部隊名は『コレクターズ』軍の上層部と相談して王家が作った特殊な部隊よ。目的はグラナダの遺産の収集と管理・活用よ。君はそこの技術部の要になったの。アゼルデン一の技術者になってもらわないと困るのね? だから、頼むわね!」
そんな大事な事を、早口で、しかもこんな状況で伝えても良いものではないのだが、ラブリスもだいぶ舞い上がっていた。本当はもっと、落ち着いた状況で伝えるべきことがらだ。
だが、電磁加速砲や島内ネットワークの構築を経てエドガーに惚れこんでしまった。
彼が必要だ。公私ともに手元に置きたい。
公私ということは、彼の心も欲しいということだ。
最初は、自分がけしかけた癖に、どうもステラに先を越されたようだと気が付き、焦った結果である。
(らしくもない真似をしちゃった。彼はひいてない……わよね?)
とエドガーの顔色をうかがうと、
「えっと、あのその何と言ったらいいのか……」
対した彼も困惑していた。一連の流れは、朴念仁の彼には刺激が強い。
「君の働きに大いに期待している。基地司令としても、個人としても、ということなんだけど、――理解できてる?」
惚けたように立たずむエドガーを見て、ラブリスも不安になった。
嫌われてしまったか? と思う。
「ちょっと考えて……おきます」
エドガーはこくこくと頷く事しかできない。
(に、煮え切らない態度ね……!)
と思ったが、とりあえずそれ以上は言わないでおくことにした。
自分の精神状態も、平静でないことをラブリス自身も気づいていたからだ。
(まぁ……、そんなところも彼の魅力なのかも)
と、納得することにする。
「変な事してごめんね。そろそろ遅いし戻りましょう」
「え、ええ! そそそ、そうしましょう!
エドガーも多少混乱しているものの、同意した。
連れだって、基地の方向へ歩き出す。
きれいな月夜の晩だ。
深淵竜が討伐されたことで、荒れていたはずの海は凪いでいた。
この静寂を邪魔するものなど、どこにもいない。
だが本当にそうであったのだろうか。
大海竜祭りに乗じて、悪しき心を持った者たちが乗り込んで来ていたりはしないだろうか?
『好事魔多し』
ここ数カ月のエドガーは幸せだった。邪魔するものが現れるのは、いつだってそういう時だ。
基地に戻らんとしている彼らを追う影の一団がある。
彼らはエドガーの背後に静かに忍びよった。
魔の手が届く。
届いた瞬間、二人の姿は浜辺から消えた。
一切の物音もなく。一切の気配もなく、だ。
こつ然とエドガーとラブリスは影も形もなく、ユルシカ島から消えてしまったのだ。
二人の姿がどこを探しても見つからないことを、隊の面々が気づくのは翌朝の事である。
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