第13話 縮退炉キュクロープス(1)

 エドガーとステラが地上で惑星魔力流を目撃するほんの少し前。


 ユルシカ島の地下五〇〇Ⅿ地点。


 魔粒子オーディック縮退炉『キュクロープス』にその一団はいた。


 薄暗い室内に、警告灯が回転する。


「姫さま、駄目だ。どうしても制御が効かねぇ!」


 焦りが滲む。

 声の主はその狼狽ぶりに似つかわしくない、屈強な大男だ。


「そもそも出力が大きすぎる。なんだって、フルパワー出しやがる⁉ とんだじゃじゃ馬じゃねぇか!」


 大きな体を窮屈そうに屈めてモニタを凝視している。


 傍らの小柄な同僚がはじき出す演算結果に戦慄した。


「125、130、135% まだ上がっています。新たに生成された魔力奔流が行き場をなくして炉本体に負荷をかけて……。冷却に大部分回しても、炉内循環がもちません。温度上昇も止まらなくて……」


 制御室の限られた明かりの中、作戦行動を行っているのは魔導鎧マギウススーツを着込んだ一団だ。


 軍用端末をあわただしく操作し、対応しているが上げられる報告はどれも芳しくない。


 炉の過剰ドライブは止まらず、状況は刻一刻と悪化している。


「ライチ伍長、外装温度から融解点を再計算して。腐ってもグラナダの遺産。カタログスペックより丈夫に作ってあるはずだから。ゴードン軍曹、南部の海溝部に向けて余剰魔素の放出を用意。あそこなら高濃度の海洋流がある。うまく合流してくれれば、地殻への影響を最小限にできます」


「はいよ、姫さま。だがな、基地近くの海洋に魔力奔流が荒ぶってる。すでに小規模な地震も発生しているようですぜ!」


「時間はないわね……」


 姫と呼ばれた指揮官はヘルメットの下で歯噛みする。


 状況が好転しない。このままではじり貧になる。


 なのに、打開するための案すら浮かばないでいるのだ。


「トトリ、制御ユニットにはまだつながらないの?」


「霊子侵入防壁が過剰。古いタイプだけど、巧妙に作られていて、力押しじゃ難しい。昔の文献で見た気がするけど、開発局レベルでも一日くらいかかるやつ。こっちは装備不足で準備不足」


「ぐぬ……、どれだけ性格が悪ければ、こんなプログラム組めるのよ。完全なトラップじゃない。奪われるくらいなら吹っ飛ばしてしまえってわけね」


「根暗で陰険で友達いないタイプ」


 間違いないと頷きあう。

 気密性の高いヘルメットから漏れる声は、双方まだ若い娘のものである。



 それは早朝に発令された、ある作戦行動中に起こった。


 予定されていた縮退炉再稼働の準備中。前触れもなく制御系へのアクセスがすべて切断された。同時に、限界以上の出力で縮退炉が稼働をはじめたのだ。


 基地管制室は騒然とした。すぐさま状況把握がなされたが、弾き出された予測結果は、立ち会っていた彼ら全員を驚愕させるものだった。


 二十四時間以内の炉心融解。


 ユルシカ島の地下に眠るグラナダの遺産の一角。魔粒子縮退炉キュクロープスは唐突に、自ら崩壊への片道切符を切っていた。


 アクセスはすべて拒否され、基地からの遠隔操作は不可能だった。


 苦渋の決断として、姫が率いる実働部隊は、地中深くの縮退炉の制御室に侵入。直接制御を試みることになった。


「姫さま、耐久限界出ました。おおよそ、250%までは持ちます。すさまじい耐久力ですね」


「よぉし。こっちも海溝部に放出開始だ。地殻影響は少ないとはいえ、本国でも小さな地震が起こってるでしょうが、まぁこの際しょうがねぇですね」


「二人ともありがとう。ひとまずそれでいいわ。各自現状を維持。トトリは今の内に解析を進めて」


「うい」


 それぞれの隊員は最大限役割を果たしてくれている。


 それでも状況は変わらず絶望的だ。姫は内心の焦りを声に出さないように努めることしかできなかった。


 (今のところ完全に手詰まりね。このあたりで、何か逆転の一手が欲しいところだけど)


 制御室のスピーカーに、外部からの連絡が入ったのはそんな状況の中だ。


『――、応答ねが――います。――答ねが――ます。縮退炉制御室の方、聞こえますか? こちらは第五十三基地に本日付けで着任した、技術士官エドガー・レイホウ大尉です。応答願います』


「姫さま、地上から通信ですぜ。誰でしょうか? 聞いたことのない名前ですがね……」


 姫は、その名前に聞き覚えがあった。


 ステラを迎えに行かせて大正解。タイミングが良すぎて怖いわね。


 姫は自らのファインプレーをほめ讃えたい気分になる。


「逆転の一手、来た」


 私ってばやっぱりツイてる。


 姫は内心舌なめずりをする。にんまりと口角が上がる。


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