第14話 縮退炉キュクロープス(2)

 地上の倉庫ドック、ステラの私室である。


 緊張した面持ちで眺める彼女を背に、エドガーは端末からの通信を聞いていた。


「そちらの状況はモニタリングできています。指揮所にバイパス接続していますから。炉本体への接続が妨害されて制御不能に陥っている……合っていますか?」


『ええ、その通りです、エドガー大尉。私は第五十三駐屯部隊の基地司令、ラブリス・ティア・アマルティア大佐です。ユルシカ基地にようこそ、と言いたいところだけど、知っての通り取り込み中なのよね』


 通信から聞こえる声は意外にも若い娘のように思えた。


 エドガーが想像していた姫は女傑然とした壮年の女性だったのだが。基地司令という立場にこんな若い人間が就けるものなのだろうか。


 まぁ、この基地普通じゃ無いしな……、とエドガーは納得する。


「……存じています。何かこちらから手助けできる事はありますか?」


『あなたは、中央の技術官よね? 大戦期の霊子障壁は得意? 古いタイプだけど、プログラムが強固で突破できない。基地内にいるなら、大型の端末があるでしょう? そちらで解析頼める?』


 エドガーは考える。


 霊子戦――。


 魔導機関内部の魔術回路機構に張り巡らされたプロテクトに対し、呪文式を使い強制アクセスをかける。


 できなくはないが……、時間はあるのだろうか?


「回答としては『可能』です。ですが問題が。障壁の強度にもよりますが、数時間かかる可能性があります。猶予ゆうよはどれくらいあるんですか? 海上で魔力奔流を目撃しました」


 一瞬の沈黙ののち、通信の向こう側でやり取りをする声。


『多めに見積もって、四十分程度と見ています。もっと短くなるかも』


 やはり。

 状況はひっ迫している。


 エドガーの技術者としての直観はここへきて、大いに冴えていた。


「分かりました。その条件だと任務達成は保障できません」


『はっきり言うのね』


「事実ですから。ですが、自分に策があります。我々のいる倉庫に指定のエーテル波長で、毎秒7000メガイーサで動力をください」


 通常ならば、打つ手はなかった。


 いかなエドガーとて、ただの人間だ。


 道具が無ければ何もできない。


 だが、今の彼の側には、黒く淡い光を放つ『遺産』があった。


『……もしかして、あのコア使えるの?』


 ラブリスは、エドガーの意図を瞬時に理解した。


 ありがたい。こんな状況では言葉を尽している時間が惜しい。聡明そうめいな上司に感謝をする。


「そのために、自分を呼んだのだと聞きましたが」


『――分かりました。十分後動力の供給を開始します。しっかり受け取ってね大尉』


「感謝します。大佐」


 ――よし。これでいい。


 だがまだ、問題はある。


 月光起動に対しての、自分の仮説が本当に正しいのだろうか? そこがわからない。


 もし、間違っていたならば……。


『……ステラは迷惑かけなかったかしら?』


 意識を内に向けすぎていた。


 唐突に投げかけられた問にエドガーは詰まってしまう。


 何のことだっけ?

 だが、すぐに思い出し、少し笑った。


「骨抜きにされかけました。生きた心地がしませんでしたよ。もうやめてくださいね。こんなイタズラは」


『試すような真似をして悪かった。でも、その子は君の独立指揮下に入ってもらうから、これから好きに使ってあげてね』


「わかりました」


 理解のある上司で助かるな。とエドガーは思った。


 ラトクリフとは大違いだ。彼ならすべて自分でやれというだろう。


「――ああ、ついでにこの魔導コアも、自分に預けませんか? すごい物が色々作れそうな気がするんですよね」


 エドガー少し調子に乗った。


 かなり吹っ掛けてみる。なにせ今からすることは命を懸けたミッションである。


 この女上司にならば、それぐらい言ってみてもいいような気がした。


『交渉上手ね。――この作戦が成功したら考えるわ』


「ええ、よろしくお願いします」

 

 ――そして交信は終了する。



「え、え、ええ⁉ 何なんですかさっきの通信。二人はあれで理解したんですか? 私には何の話をしてるのか、さっぱりわからなかったんですけど」


 その質問にエドガーは答えない。


 ドック内のメイン動力パイプを引きずってくることに忙しいからだ。


 大人の腕一抱えもある極太のケーブルは男であるエドガーでも手に余る。


「そんなことより、ステラちゃんも手伝って。肉体労働は苦手なんだ」


 現にエドガー、ケーブルをもってふらついている。


「わ、わ、大丈夫ですか!」


 ステラが手を貸すと、エドガーやっと一息つくことができた。


「質問に答えるとね、さっきも言ったように、月光の起動には高出力の魔素動力が必要だった。しかし先ほどの通信で、条件がクリアされたことが分かった」


「でもでも、縮退炉吹っ飛びかけていますよ?」


「関係ない。月光が起動すれば、制御は可能だ」


 エドガーの作戦はこうだ。


 臨界間際の縮退炉の高出力動力をもって、魔導コア月光を無理やり起動。


 その後、月光の高度な情報処理能力で一気に縮退炉の霊子障壁をハッキング。


 制御を奪取し、爆発を防ぐ。


「そんなことが可能なんですか?」


「できなきゃ、みんなもろとも吹っ飛ぶだけだよ」


 事も無げに言うエドガーをステラは信じられないものを見る目でみた。


「さぁ早く。時間がない」


 促されて魔導コア月光にすべてのケーブルを接続した。


 ステラは自らの端末でカウントを確認する。


 エドガーも端末の前に座り、深く息をついた。


 さぁ、久々の最前線フロントラインだ。


 後方勤務のエドガーにとって、タイムリミットがある鉄火場デスマーチこそが前線だった。そしてエドガーはそれを何度も乗り越えてきた。


 今日も乗り越えるだけだ。

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