第11話 コアに必要なもの(1)

「なるほど……、これが、こうなってるわけね。なるほどなるほど……」


 エドガーが軍用端末に齧り付きはじめてすでに一時間。


「あの……エドガーさん。私に何かできることはないですか?」


「ないね」

「う……」


 ステラに対して紳士的な態度だったエドガーだが、興味がコアに移ってからは彼女を振り返りもしない。独り言を繰り返し、時々すさまじい勢いでコンソールをたたく。


 そしてまた独り言に戻っていく。


「ふふふ……なぁんだ……グラナダって言ってもこんなものか? いやいや、これはすごい……ははは、この発想は無かったなぁ、盗んじゃいたいなぁ……」


 コンソールから少しも目を離さない。瞬きをしているかも怪しかった。


 時おり、クククと含み笑いをし、正直、不気味である。


(エドガーさん、良い人かなと思ったけど、やばい人だこれ……、姫が目をつけるだけあるなぁ……)


 ステラはちょっぴり後悔していた。


 納得づくとはいえ、この先、エドガーとルームメイトでやっていけるだろうか。


(場合によっては私、この人に好きにされちゃうのかな……、受け入れるって言っちゃったけど……、今からあれは無しってできるかな……)


 そんなことを考えていた。

 もちろんエドガーにそんな気はないのだが。


「くくく、よし、よし、よぉおし! なんだ、こんな単純なことだった。これは盲点だったよ! でも、もう大丈夫だ。ステラちゃん。こっちにおいで!」


「ひゃい⁉」


 何もせずに待っているのも、と思ってコーヒーを淹れていたステラ。


 完全に油断していてたところに声をかけられて、びっくりしてしまった。


「ステラちゃん。根幹機構ブラックボックス部分の解析が終わった。とりあえずの結論だ! こいつはねぇ……、魔素オード動力の消費が大きすぎる! 設定が異常過ぎるんだ。通常の軍用コアの規格値のおよそ三十倍。汎用の動力ラインで動かせるものじゃない。さらに独特のエーテル波長がある。大規模な動力機につないだ上、おそらく専用の調整をする必要があるね」


「は? え? ちょっと話が……?」


 いきなりまくし立てられて混乱した。


 それに、根幹機構を解析したって……?


 下手に知識を有しているステラだからこそ、エドガーの発言を理解することを脳が拒んだ。


「根幹機構の解析が終わったって、抗性回路こうせいかいろはどうしたんですか?」


「そんなものとっくに突破したよ」


 こともなげにいうエドガー。


 ステラも、本国の技術者もそこでつまづいていた。


 エドガーはそれを一時間そこそこで突破したという。


 

 根幹機構ブラックボックス


 それは魔導コアにおいての核である。敵性勢力に鹵獲ろかく利用されないように、通常、抗性回路と呼ばれるプロテクトが何重にも組んであり、製作者でなければアクセスできないようになっている。


「こいつはね、大戦末期に使われていたもので、今ではもう失われたやつだ。確かに意地が悪いものだし、元々特級の軍事機密だ。ステラちゃんたちが知らなくても仕方ないよ。俺はたまたま、昔の資料で知っていたから運が良かっただけだね」


「でも、それでも、こんな短時間に……、しかも資料もなしで?」


「俺ね、記憶力には自信があるんだ。ちょっとした特技。一度見た資料はずっと覚えている。……それにしても、ふふふ。この根幹機構の構造も美しいなぁ」


 ステラは何も言えず、ただ、口を開けたままになった。


「あと分かったことがあるよ。こいつのパーソナルネームは『げっこう』 やもりゲッコーかな? ……いや月光ムーンライトの方だね……。『人工精霊搭載型魔導コア月光』それがこいつの名前だね」


「月光……、ですか。命名方式が聞きなれないですよね」


 少なくともアゼルデン式ではない。

 どちらかと言えば、東方国家のそれだ。とステラは思った。


「それから、これはグラナダの遺産だって言っていたよね? もしかしたら、過去グラナダが各国に提供したといわれる技術は、彼のオリジナルよりかなりダウングレードしたものだったのかもしれないね。魔導コアも元々グラナダの発明品なのだけど、アゼルデンに保管されている大戦期の魔導コアはもっと常識的な構造をしていたよ」


 現代の魔導技術と比較しても月光は、なお異質だった。


 七十年の月日がたっていても、まだ追いつけていない。


 なんて挑みがいがあるんだ! 

 エドガーはそう思ってしまう。


「というところで、ステラちゃん。本番はこれからだ! 仮説は立った。ならば次は検証実験と行こうじゃないか。この基地の動力はどうなっている?」


 エドガーはノリノリである。


 この世紀の大魔導機関が動いているところを早く見たい!


 それには、動力が必要だ。


 さぁって、動いたらどうしようかな? 何に使えるかなぁ!


 ――いや、ひとまず落ち着こう。


 まずは動力確保からだしね。と高ぶる好奇心を抑え込む。


 軍事基地には専用の魔素動力機があり、スタンドアローンで供給されている。ステラの部屋の軍用端末も、明かりを供給するエーテル灯も機関工房の魔導光炉もすべてそこから動力を得ている。


「……そのことなんですけど、この基地、元々地下に専用の動力機があるんですが、トラブルがあって使えなくて。今は本国から取り寄せた大型の魔力蓄槽マナバッテリーを使っているんです」


「へぇ、故障中? ……それは困ったなぁ。残念だ、本当に残念……」


 気勢がそがれてしまった。魔力蓄槽か……。


 それじゃ、さすがに起動は無理だなぁ。今日はここまでか。残念だなぁ……。


 そう思いながら、エドガーは大きく伸びをして席を立つ。


 バッテリー程度では、どれだけ大きくてもコアを動かすことはできないだろう。


 姫の望みが、コアの正常起動だというのなら動力問題は必ず解決しなければならない。


「だとすると次の仕事は、動力機の修理か……」


 なんとエドガー。


 魔導コアを動かしたい一心で動力機までさわる気でいる。


 この規模で建造施設も備えた基地。


 そんな場所に設置された動力機はさて、どんなものかな? 


 実はエドガー、動力機にも造詣が深い。


 大型の魔導艦には独立した動力機構を搭載するため、中央工廠時代に艦艇に関わる一通りの知識は修めている。


 もっとも、そこまで知識の範囲を広げる技術者は普通いない。


 餅は餅屋。

 エドガーが異常なのだ。そもそも彼の専門は戦闘飛空艇だったはずである。


「休止中の動力機って、どんな方式? 地下アース滞留濃縮たいりゅうのうしゅく? 海洋高濃度組み上げマリン? 専門じゃないけど、一度見てみようか」


 だが、バツの悪そうな顔をしたステラは口をつぐんでしまう。


 エドガーがいぶかしげに眉をひそめていると、彼女はゆっくりと口を開いた


「えっと……、魔粒子オーディック縮退炉しゅくたいろ。それも旧式の。大戦期でかなり大規模な奴」


「縮退炉……だって?」

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