第6話 エドガー白ワンピ少女と出会う(2)
「おお、海辺の白ワンピ……、本当に存在していたのか」
映画やお話の中ではよく語られるが、実際にはいないだろう。とエドガーも思っていた。だが、この南国の島では、憧れとか妄想の産物ではないらしい。
確かにいる。動いている。それもめちゃくちゃ可愛い。
長い髪がさらさらと風に揺れた。
スレンダーだが、女性らしさも兼ね備えた体つきだ。
まだ十代なのだろうか。表情にどこかあどけなさが残る。
それがいぶかし気に、馬鹿のように呆けるエドガーを見ていた。
「あの……、聞こえていますか? 大丈夫ですか? 飛び込まないでくださいね」
「あ、ごめん。海を見ていただけだから飛び込まない、よ。それから俺はおじさんじゃない。まだ二十代」
「そうなんですか? すこし前から見ていましたけど、表情やばくないですか? 覇気がないっていうか、死んだ魚の目っていうか……、あ、すみません。私口悪いですね」
ぴょこりと頭を下げる。なるほど確かに口が悪い。
でもいいよ、事実だし。とエドガーは思う。
「謝りついでに名乗りますね。私はステラ・アグライアといいます。この島に住んでいます。おじさん……あらため、お兄さんは新しい隊員さんですか?」
第五十三基地は、絶海の孤島である。
ほかの島にはいるが、基地がある島には民間人は住まないと聞いていた。
彼女は、基地職員の家族か何かなのだろうと納得し、エドガーも名乗る。
「ふーん。エドガーさん、ね。じゃあ、さっそく行きましょうか」
次に彼女が取った行動は、エドガーをして驚嘆させるものだ。
ワンピースの裾をひるがえし手を引っ張る。
「こっちきてください。ほらほら、しっかり立って」
そしてぐっと、腕を引き寄せる。
むにょんと、柔らかいものが腕に当たった。
「な、なな、何を⁉」
横に回り込み、ピッタリとひっつく。ラブラブな恋人よろしく、超親密ポジションだ。
腕を取るのだから、もちろんいろいろ当たる。
柔らかなこと、山のごとしなあれ。ステラの白いワンピースの生地は薄い。
そして、彼女は誰が見ても可愛い娘だ。
腕を取り抱きこめばその感触は朴念仁のエドガーでも多少の反応が出るのは避けられない。
「あ、あ、あたって……」
「あたって? なんのことですか? それよりも早く行きましょう?」
ぐいぐいと押し付ける。そのまま歩き出すのだ。ゼロ距離のままで。腕はたわわな双丘に挟まれたまま。
歩けば上下し、ふよふよと、さわさわと。いとやわらかし。
「あ、あ、ああ」
「なんですか変な声だして」
むう、と頬をふくらませる姿が愛らしい。
それに、なんともいえない甘い香りもした。
(お、俺、こんなに女の子と接近したこと無い……ッ)
リリサ中尉という親しい異性はいたが、仕事の話ばかりしていた。
元々奥手なエドガーだ。耐性などあるはずがない。
言うまでもなく童貞の彼には、ステラの接触は刺激が強い。
「ねえ、エドガーさんって開発局にいたんでしょう? どんなものを作ってたんですか? 何が得意ですか? 教えてほしいです」
さらに上目づかい。澄んだ瞳に鼓動が跳ね上がる。
柔らかそうな頬が夏の熱気で上気している。
小さな桜色のくちびるからも視線が離せない。
「ど、どうしてそんな事を聞くの?」
「私がエドガーさんのことを知りたいからです」
柔らか天使スマイルでステラは言う。
「エドガーさんも私のこと、知りたくないですか? 教えあいっこしましょうよ。だからまずは前のお仕事のことから」
「う、うん……。いや、駄目だよ! あのね、軍人には機密保持の義務というのがあってね」
うっかりしゃべりそうになる。開発局肝入りの新兵器たるミラージュは言うまでもなく第一級の軍事機密だ。民間人に話していい内容ではない。
「まず、エドガーさんは何でユルシカに来たんですか?」
「は、話を……」
「当てましょうか。中央工廠のエリート技術者さんが、はるばるこんな田舎までくる……。これはミステリーですよね」
小首をかしげてかわいらしく悩む。
「もしかして、左遷されました?」
「…………海が好きなんだ。昔からユルシカみたいな場所を希望していた」
嘘である。図星をつかれた人間は、それを認めたがらない。
とっさにエドガーはごまかした。
それは心の傷が癒えていない彼なりの精一杯の強がりだったが――
「うーそ。それ絶対うそですよ。信ぴょう性に欠けますね」
ステラにはお見通しだ。
「無理に話さなくていいですよ。ここにくる人たちはみんな訳アリだから。珍しいことじゃないです。なんなら、拘束具に固定されて来る人もいるくらい」
「そ、そう?」
拘束具に固定されて――。
それはなにか凶悪殺人犯とか、人知を超えた実験動物とかそういうものを運ぶ場合に取られる方法じゃないかなぁ、とエドガーは思う。
だが、怖かったのでそれ以上聞かない。
「ねぇ、ステラちゃん……なんでくっつくの? あの、その、歩きにくくないかな?」
「大丈夫ですよ? それよりエドガーさんが海に落ちないか心配ですから。こういうの嫌いですか?」
ぐいぐい。
ぽよぽよ。
一生懸命に押し付けて、挙句に可愛い笑顔を向けてくれる彼女。
「ね、いいですよね? だからエドガーさんのこと、教えてほしいなぁ……」
軍事機密――
そんな単語がエドガーの脳裏から
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