1-2 ユルシカ基地へようこそ

第5話 エドガー白ワンピ少女と出会う(1)

 ミラージュが飛んでいく。


「すごい! すごいぞ! この調子なら、音の壁も越えられるかもしれない!」 


 薄桃色の空の中、白銀の機体がぐんぐんと上昇していく。


 重力反転式フローティング推進は、星の重力に反すれば反するほど推進力が増す。垂直方向への加速は、今や理論値を超えていた。


「いけ、いけ、いけ、いっちまえぇ――――!!!!」


 エドガーは興奮していた。

 音速を越える事は、魔導機関技師と飛空艇乗りの悲願だ。


 今ここでエドガーの作ったミラージュで歴史が変わるかもしれない。


 わくわくしていた。子供のように目を輝かせていた。

 手をぶんぶんと振り回し全力で応援していた。


「音速の壁突破まで5、4、3、2、――――1!」


 ドゥ――――――パァウン!!!!


 そんなようにしか形容できない音が、エドガーの体を通り過ぎていった。


「いいい――――やったぁああ!! 音速超えたぞぉぉおお!!」


「おお、エドガー! ついにやり遂げたではないか! ワシの目は節穴ではなかったな! やはりお前は天才だったのだ!」


 ラトクリフが満面の笑みで褒めている。

 貴様ならいつかやると思っておった! それでこそ我が部下である! と。


 単純なエドガーはそれがうれしい。

 なんだかんだで、ラトクリフを憎めないでいるのだ。


「よし、ではエドガー、褒美をやろう」


「ほ、褒美ですか⁉」


 今までに、そんなことを言われた事があっただろうか? 


 一体どんなご褒美だろうかと期待が膨らむ。


「そうだ! 優秀で有望で未来のあるお前に対する素晴らしい褒美だ!」


「う、うれしいです局長殿。自分は、自分は……!」


 エドガーは涙が出るほどうれしかった。


 認めてほしくて、褒めてほしくて、がむしゃらに頑張った成果が今。


 ―――だけど、局長ってそんなに優しい人だったか?

 冷や水のように現実の記憶が差し込まれる。


「これだ」


 そう言って手渡されたのは例の異動命令。


「覚悟しろ! お前のような無能は前線送りだぁぁあああ!! もはや兵器作りなどさせん! 一生メンテナンスをして過ごすのだ! がーははは‼」


「い、い、い――」


 視界が暗転する。

 夢の気分は急転直下、奈落へと変わる。


「嫌だ! 兵器が作れないような場所にいくなんて! 嫌なんだぁ!!!!」 


  ◆◆◆


「着きましたよ」


 と、誰かが言った。だが、エドガーは駄々をこねた。

 いやだいやだ。俺をミラージュのところに帰してくれ。


「いい加減いじけるのやめませんか?」


 知らんよ。ヤだって言ったらヤなんだよ。


「機長どうしますこの人?」


「もういい、蹴りだせ」


「んじゃ遠慮なく。――着いたって、言ってるでしょう、が!」


 蹴っ飛ばされて、輸送艇のタラップを転がり落ちた。

 突然の光に、目がくらむ。



 暑い――

 熱気と湿気に襲われ、不快感にぐうと呻く。 


 目を開けたエドガーを迎えたのは、蒼穹と紺碧の大海原だった。


 ミャウミャウとうみどりの鳴く声が聞こえる。


 そこら中に生えたヤシの木の葉が、夏の日差しに影を落とし、グラデーションを形作っている。白い砂浜を見れば、あまりの輝きに視界がつぶれた。


 ここは、デラ・ユルシカ。アゼルデン王国の最南端。


 十八個からなるユルシカ諸島の中で三番目に大きく、ゆたかな自然に包まれた南国の島。


 戦略的にさして重要でもない場所に建てられた辺境の基地。

 そこがエドガーの新天地だった。


「あああ、暑い、溶けるぅ……、日差しがぁ……あ、あ、あ」


 エドガーは助けを求めるように、輸送艇の乗組員を振り返った。


 日傘か何かない? と聞こうと思ったのだ。


 今のエドガーには、直射日光すらも致死的だ。


 だが、輸送員は呆れ顔で首を振った。


 彼らは、エドガーをここまで送ってくれた輸送隊ではあるのだが、やたらとエドガーに冷たかった。


『あそこに送られたらもう帰って来ないですからね』

『あんたも終わりですね大尉殿。ご愁傷様』


 哀れみと侮蔑の言葉はあっても、礼儀や敬意などは欠片もなかった。


「では、お元気で」


 と言葉少なく言われ、無慈悲にハッチは閉じられる。


 残されたのは、重力反転の駆動音と海面の反発波紋だけ。


 輸送艇はあっという間に空の彼方に消え去った。


 それっきり、なんとも味気ないものだ。 


「ああ、ああ、どうしようぅ……」


 衝撃の左遷命令から三日。エドガーの精神は未だに混迷を極めていた。 


「これからどうすればいいんだよ。基地の場所もわからないしぃ……」


 途方にくれたエドガーは、ぼーっと海を眺めてみたりする。


 移動中もあまり眠れなかった。


 頭は霞がかかり呆けていて、かつての熱意にあふれたエドガーの姿はそこになかった。


「あー、海きれいだなぁ……。透き通っているし、冷たくて気持ちよさそぅ」


 このまま、飛び込んでみようかな?


 なんて、本気で考えてしまう。


 心が弱っているからどうにも危険思想が混じる。


(服着たままだと、泳げるかなぁ……、溺れるかもしれないなぁ。この格好だとどれくらい浮力が得られるかなぁ)


 そう本気で飛び込もうか思案していたところだった。


「――おじさん。大丈夫ですか?」


 エドガーを、呼び止めるものがあった。半ば自動的に視線を移す。


 そこには――。


 風にはためく、純白のワンピース。


 麦わら帽とそこからこぼれる、長いミルクブロンドが目を引く。


 透き通るアメジストを思わせる瞳が印象的な美少女がいた。

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