第4話 喜べエドガー、左遷だぁ!(2)
「せ、先輩! 顔が真っ青ですよ! 大丈夫ですか⁉」
「――ああ、リリサ中尉。いや大丈夫じゃない」
局長室から出てきたエドガーを迎えたのは、開発チームの仲間たちだった。
「事情は聞こえていました。こんなのひどい、あんまりですよ!」
エドガーにすがり付くのはチームの中でも才媛と名高いリリサ・アンブレラ中尉だ。
眼鏡の奥の濃紺の知的な瞳が美しい。
だが今、そこには大粒の涙が浮かんでいた。
みれば、ほかのチームのメンバーも悔しさで顔が歪んでいる。
「ごめん、みんな……、俺、外された……」
「み、認められませんよ。こんなの!」
リリサに続き、そうだそうだと声が上げる。
「私たちのチームにはエドガー先輩が絶対必要なんですっ!」
リリサは、チームの中でもエドガーに最も懐いていた人間だった。
元々は同じ工科学校の後輩だ。
兵器メーカー時代でも後輩だった。
エドガーを慕ってすべての進路を同じにしたのだ。
だから軍へ引き抜かれた時も一緒に来てもらった。
リリサの中ではエドガーは永遠の先輩だった。
ラトクリフに凹まされた日はいつも。
『先輩はすごいです! リリサは知っています! 昔から先輩は憧れでしたから!』
と勇気づけてくれる存在だった。
そして、チームのメンバーたちもエドガーにとって大切な仲間だ。
「私たちは断固抗議しますよ!」
そういってはくれるのだが、無理であろう事をエドガーは理解していた。
これは、ラトクリフとベンメルによる乗っ取り行為に他ならない。
将官の息子であるベンメルの手柄としてミラージュを利用するつもりなのだ。
ミラージュは素晴らしい兵器である。
数日後に控えている試験の結果を見るまでもなく、絶賛されるであろうことは、作ったエドガーが一番わかっている。
だが、今回の人事が効力を発すれば、その功績はベンメルに与えられる。
ラトクリフは、ベンメルの父親からなにがしかの見返りを受け取るのだ。
どこまでも非道で、横暴で、不条理だった。
エドガー達チームスタッフの心情を無視した行いだった。
エドガーも、リリサも、チームの誰しもが納得することなどできなかった。
「でも命令は、命令なんだ……」
だが、どうにもできないのだ。
上官の命令は絶対。軍にある限り軍属者でもそれは変わらない。
「出発は二時間後だってさ……。それまでに工房の荷物と、宿舎の私物をまとめなきゃいけない。みんなごめん。俺はもう行くよ。リリサ中尉、ベンメル少佐にミラージュの資料と説明を頼むよ……。今までこんな俺についてきてくれてありがとう。それじゃ、元気でね……」
エドガーは、よろよろと歩みだす。
「主任!」「エドガー大尉!」「先輩!」
部下たちの声に答えず、エドガーは歩き続けた。
◆◆◆
エドガーは傷ついていた。
今までのパワハラも、とんでもない仕事量も求められる高い成果も、自分が期待されているからだと思っていた。いや、思い込むようにしていた。
ただの不条理ではなく、期待されているからだと。
そう思うのも、技術者としてのラトクリフを尊敬していたためだ。
ラトクリフも昔からああだったわけではない。若いころは優秀な技術者だった。学生のおり、エドガーはラトクリフの仕事に感動した。
彼が開発局に赴任してきた時も、エドガーは喜んだのだ。
高名なラトクリフ殿の元で働けるなんて光栄ですと、慣れないおべっかも使ってみたりした。ラトクリフも優秀な若者だと、ほめてくれた。
だが、いつのころからか、ラトクリフのエドガーを見る目が、嫌悪と敵意に変わっていた。
どこで間違ってしまったのか。
エドガーはこれまでの自分の行いを思い出していた。
なぜ嫌われてしまったのだろう?
それは、何かのミスだったのかもしれないし、あるいは個人的にラトクリフの逆鱗に触れたのかもしれない。だがエドガーにはまったくわからない。
「一生懸命、働いたのに、ひどいよなぁ……」
先に宿舎に行き、荷物をまとめた。
エーテル灯に照らされた廊下を抜けて工房へ向かう。
ミラージュをひとめ見ておこうと思ったのだ。
「最後まで、関わりたかったよなぁ」
ここ数年のエドガーはミラージュにかかりきりだった。
自身の持てる力をすべて注いだ。ミラージュの完成は目前だった。
それなのに、このタイミングで開発から外れるなんて。
「最後にミラージュに挨拶を、それで、さい、ご……ふぐっ、ううう」
とめどもなく涙が出る。これで最後なんて、あの最高にかっこいい機体に触れられるのがこれで終わりなんて……。涙で視界が歪む。嗚咽が止まらない。
機関工房の扉はすぐそこだ。涙を拭き、開けた。
だがそこには――。
「――あ、あ、あぁぁぁ……」
傷心のエドガーが見たもの。
それは、工房から運び出されようとしているミラージュだった。
作業員がテキパキと工房内を片付けていく。
図面も、データも、替えのパーツも何もかも……。
「ふむ。まだ局内にいたのか」
呆然とするエドガーに冷たい視線と感情のこもらない言葉を投げかけるものがいた。
それは、新たに開発主任に任命されたベンメル・リベリアだった。
「な、何をして……」
これは異な事を聞く――と、ベンメルはため息をつく。
「命令通りミラージュはいただいていくのだ。私の工房に運ぶ。もはや貴様のものではあるまい。まぁ気持ちは分かるがな。悪く思うなよ」
「命令はさっき出たばかりじゃ……」
「ふん。公開試験まで時間がないのでな。無能な前任者の元に一分一秒たりとも置くことはできまい。局長殿もそう申されている」
思わずひざまずくエドガーを見て、ベンメルは心底嫌なものを見たような表情をする。そして。
「どうにも気持ちが悪いな」
とつぶやいた。
「言わずともいいことなのだが、言わせてもらおうか」
「な、なに……?」
呆然自失のエドガーは、投げかけられた声に思わず顔を上げる。
「『たかが兵器』だろう? それを取られたくらいでなぜそうも無様をさらす? 兵器というのは物だ。人を殺すための道具だ。技術者は仕事としてそれを扱う。矜持を持つのは分かる。だがな――」
ベンメルは配属されてからろくに仕事をせずに、局内を観察していた。
特に観察していたのは、エドガーだ。
「貴様のことはしばらく見ていたが、正直異常だと思う。仕事を愛しているのかと思っていたが、そうではないのだろう。お前は『兵器そのものを愛している』理解できん」
さらに続ける。
いつの間にか彼の視線は憐れむものに変わっている。
「局長殿も私と同意見だったのだ。エドガーは気味が悪い。ゆえに消えてほしいのだと。貴様の悲劇は、貴様自身が招いたことだよ」
ベンメルは、青ざめるエドガーに告げたのだった。
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