第3話 喜べエドガー、左遷だぁ!(1)

「はっはっは! 喜べエドガー! お前の顔を見るのも今日が最後だな!」


 その日ラトクリフは朝からご機嫌だった。

 呼び出されたのはいつもの彼のデスクだ。


 だいたい青筋を立てているラトクリフが上機嫌? 

 普段からはありえない様子にエドガーは不気味さを感じていた。


「ええと……、局長殿? 今日呼び出されたのはどういう要件でしょう?」


 ミラージュの制御回路を眺めてうっとりとしていた時に、急に呼びつけられたことでエドガーは少し不機嫌だった。


 そのうえ、『顔を見るのが最後』ときた。 


 まったく、このパワハラ親父、次はどんな無茶を言うつもりだよ? 

 いい加減にしてほしいなぁ。もう……。


 なんて思っていた。

 それが顔に出てしまった。


「はぁぁぁあああ? 何だその態度は! それに質問を許可した覚えはないぞ! 軍の常識すら知らんのかッ‼」


「し、失礼いたしました! 質問よろしいでしょうか。局長殿」


「ふん。よかろう。許可する」


 姿勢を正したエドガーに満足そうに頷くラトクリフ。

 変なところだけ軍人面して……と思ったが、もちろん口には出さない。


「それで要件というのは……」


「おお、そうだそうだ! 聞いて驚け、見てわめけぃ! ほれ! これを貴様にくれてやろう!」


 ラトクリフは満面の笑みで一枚の紙切れをエドガーに突きつけた。

 そこに記されていたのは――――


『エドガー・レイホウ技術大尉 中央工廠開発局、開発主任の任を解き、第五十三駐屯部隊、メンテナンス係に転属とする』


 というものだった。



 ―――――――は?


 何が書かれてあるのか理解できなかった。

 紙面と得意げなラトクリフの顔を三往復してから、やっと思考が追いついた。


 転属? 第五十三駐屯部隊? 

 前線でメンテナンス係? 


 え、ここの仲間たちは? 

 ……それに、ミラージュは????


「待ってください。自分はただの軍属の技術者ですよ? 正規の訓練だって受けていない民間からの出向です! それなのに、前線の部隊へ異動なんて無茶苦茶です!」


 エドガーは正しくは軍人ではない。

 あくまで大尉相当の『技術大尉』という軍属者だ。


 したがって正規の訓練も受けていないし士官学校も出ていない。

 このような異動は普通なら考えられないことだった。


「はあああ?? 知らんなぁぁああ⁉ 上からの命令なのだからしょうがなかろう。恐らく日ごろの態度を知った上層部が判断したのではないか? お前のような無能は前線送りだとなぁ!」


 今にも高笑いをしそうなラトクリフは畳みかける。


「ああ、そうじゃ。ご執心のミラージュも心配するな。貴様の後任はもう決めてあるのだ。君、入ってきなさい!」


 ラトクリフが手を叩く。


 隣室に待機していたのだろう。ドアが開き一人の青年が入室した。


「改めて紹介しようではないか。ベンメル・リベリア少佐だ」


 その男――ベンメル・リベリアは貴族的な風貌をしていた。

 陽光に透ける金髪は切り揃えられ、清潔感があった。


 身長は人並みのエドガーよりも高くすらりとしている。

 顔立ちも端正である。蒼い瞳が動揺するエドガーをまっすぐに見つめる。


 それは、ぞっとするほど冷たい視線だった。

 黒髪で東方系のエドガーとは何もかも対照的な男。


 数日前に異動してきた新任の少佐。

 その名をベンメル・リベリア。


「エドガー技術大尉。いや、『元』開発主任と言った方がいいか」

 ベンメルの声は静かで流麗なものだ。聞くものに安心感さえ与える。だが――


「件の新型機は私が引継ぎしっかりと成果を出す。貴官は心置きなく左遷されるといいだろう」


 エドガーに向けられる声はあくまで冷たい。


 ベンメルはとある上級将校の息子であるという。ラトクリフから丁重に扱うようにと命令されていた。彼は技術者ではないのだ。


 それなのに、エドガーに代わりミラージュの責任者になるという。

 ならば、これは箔付けの為の一時的な配属である。


 開発局は中央工廠の中でも花形であり、上級将校の息子に適当なキャリアを積ませるのにうってつけの場所なのだ。


 上層部のご機嫌取りに忙しいラトクリフの策略だ。

 そうエドガーは理解した。


「開発チームもそのままベンメル少佐が引き継ぐ。彼は機転もきき統率力もある! 無能な貴様と違って、チームをより良くしてくれるだろう!」


 親しげにベンメルの肩をたたくラトクリフに、エドガーは愕然がくぜんとした。


「ミラージュは自分たちが数年かけてやっと完成までこぎつけた機体ですよ! それをこんな乗っ取るような真似を。チームの皆もどう思うか! それにあれは、あれはっ……!」


 ――俺の愛する子供なんだ!

 エドガーはそう叫んだ。


「はぁ……」


 その発言に対し、ラトクリフはいかにも残念だと言わんばかりのため息をつく。


「わかっておらんなぁ、エドガー」

「わ、わかってない? 何がですか……」

「その疑問が出る時点で、まるでわかっておらん」


 大きく頭を振る。


 ラトクリフのアゴの周りについた肉がタプタプと揺れた。


「ワシは常々思っておったのだ。ミラージュは素晴らしい。あれを作ることのできる人材もまた素晴らしいと。だが、お前はまったくもって素晴らしくない! つまりはお前の作ったものではないはずだ! すべては優秀な部下たちの功績だろうと! あのような傑作を、無能で愚図なお前が作れるはずがないからな‼」


「はぁ? え、いや、ずっとかかわってきたのは間違いなく私――」


「――問答無用!」


 突き付けられた指は、エドガーの目に刺さるかと思うほどで。 

 そのまま、ラトクリフの脂ぎった顔がサディスティックに歪む。


「嘘つき、愚図のろま、ロクデナシのお前はもう用済みなのだ‼ お前は邪魔だ! 今すぐどこかへ消え失せろエドガー! さっさと荷物をまとめて出ていってしまぇい! わーはっはっはっは!!! ――ゲフゲフ、ゲッフ! がははは‼」


「そ、そんな、そんなぁ!」


「ええい、早くせい! 命令はもう下ったのだ。いまさら撤回されるわけないわ! お前はさっさと出ていくのだ‼」


 そしてラトクリフはもう一度高笑い。

 エドガーはあまりの衝撃に混乱していた。


 ミラージュは取り上げられて、自分は前線送り……?

 なんで、どうして……?


 頭が真っ白になる。何も考えられない。

 視界が歪む。


 ただ、ラトクリフの高笑いだけが頭の内で廻る。

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