第2話 魔導機関技師エドガー(2)

 エドガーは、軍で兵器の開発を行う技術者だ。

 人は過去、剣と魔法で世界を席巻した。


 魔物がいた。魔王がいた。そしてそれを討ち滅ぼす勇者がいた。

 それらがすべておとぎ話になったそんな世界が今だ。


 人類は魔法と錬金術そして機械工学を融合した新たなるテクノロジーを発明した。

 それは、世界に満ちる魔素オードをエネルギー源とした魔導機関と呼ばれるものだ。


 現代でも魔法は残っている。しかし、使用する人間は激減した。

 魔法使いが魔法を使うには先天的な才能を必要としたし、一定の熟練や触媒が必要だった。


 だが、魔導機関を応用した魔導ライフルや各種の魔導火器ならば、カートリッジから供給される魔素を媒介にして、トリガー一つで誰にでも同じことができたのだ。


 技術の進歩は乗り物や機動兵器にも及ぶ。

 古の人々は、飛竜ワイバーンや、跳鳥チロップを飼いならし騎乗した。


 しかし、今は違う。

 海原を行く魔導戦艦や、高威力を誇る魔導火砲カノンの時代である。さらには、空を飛び敵を蹴散らす飛空艇が戦場の主力となりつつあるのだ。


 世はまさに大魔導機関時代。

 それらの開発・制作・管理を行う者を『魔導機関技師まどうきかんぎし』と呼んだ。


 エドガーは魔導兵器が大好きだった。


 工科学校時代から才能を発揮し兵器メーカーへ就職。すぐに軍から異例の抜擢を受ける。望まれて兵器開発の本場である開発局に出向し、待遇は士官相当だ。


 国を守る兵器の開発製造にかかわり、毎日が充実していた。

 とんとん拍子に出世して技術大尉にまで。


 ただただ、兵器に囲まれていれば幸せだった。

 だが、一年前ラトクリフが上司になってからは一転、不遇である。


「本当にひどい目にあった……」


 エドガーは憔悴しきっていた。

 たっぷり三時間、ラトクリフにいびられ続けたからだ。


 ふらふらと、自分の機関工房に戻ったエドガーはパチリと指を鳴らす。 

 一斉にオードライトが点灯。


 照らされた先には、うすぼんやりとした翠色をたたえる魔導光炉エーテライトファーネスが鎮座していた。


 エドガーの機関工房はかなりの大型だ。体育館ほどの広さがある。


 魔導光炉のその先には、大型の計器と大小さまざまなケーブルで繋がれた銀色のデルタ翼を持つ巨大な流線形の構造物が控えている。


「ただいまミラージュ。ごめんね遅くなった。ふふ、それにしてもお前はいつみてもかっこいい……。航空力学に則ったボディ、運動性と安定性を両立した重力反転式双発推進機。素敵だなぁミラージュ。傑作だよ。これは戦闘飛空艇を変えるブレイクスルーだよぉ」


 試作魔導戦闘飛空艇 MX—4F 通称『ミラージュ』


 今のエドガーの仕事である。


 ミラージュは戦闘艇にカテゴライズされる魔導飛空艇である。


 前任者から引継ぎ開発した。


 過酷な職場であっても同僚と協力し、申し分ない機体を仕上げたつもりだ。

 主任技師としてやれるだけのことはやったとエドガーは自負している。


 ミラージュは来週に軍の上層部を招いての公開飛行・武装運用試験を控えている。

 まさに大事な時期だ。


 最後の最後でミスがあってはならない。


「ふふふ、ミラージュを見ていたら、怒られた事とかどうでもよくなってきたなぁ。やっぱりお前は最高だ。その美しさだけで元気がみなぎるぅぅう。――えへ、えへえへ。いい子だね、制御ユニットの調整をもう一回しようねぇ」


 エドガー疲れもあって、目つきが非常にヤバい。

 完全にキマっていた。若干手元も怪しい。


 しかし、彼は幸せなのだ。


 やりがいのある仕事がある。好きな兵器に触れていられる。


 開発主任という地位にあっても、自らの手で兵器を作ることにこだわっていた。それは彼の矜持であり幸せそのものだった。


 だが、そんな幸せも長くは続かない。


 運命を変える命令が下されたのは、公開運用試験を三日後に控えた日のことだった。

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