南国辺境基地の魔導機関技師エドガー・レイホウはそれでも兵器が作りたい
千八軒
第1部 南国基地のエドガー編
1-1 エドガー左遷人事
第1話 魔導機関技師エドガー(1)
「――まぁぁったく‼ お前というやつは、どうして! ここまで! 悲しくなるほど使えんのだあああぁぁ―――――‼ げふっ、ごっふ、ぶえっくしゅい‼」
あーあ、またいつものイジメが始まったよ……。
オフィスを震わせる罵倒から目をそらしながら、局員たちは陰うつな気分でそう思った。
「ふん! こんな簡単なものに、お前は一体何日かけておるのだァ⁉ 貴様ァ、いやしくも王立中央
青筋を浮かべ大声を上げるのは、開発局局長を務めるラトクリフ・ハイエンバッハだ。
彼の叱責は今日もオフィスを震わせる。それはだいたい毎日のことで、多い日には一日三回は見られる光景だ。
巻き添えは勘弁と息をひそめる周りの局員たちはひそひそと噂をする。
「局長殿もよくやるよ。あんなに毎回毎回怒り散らかして、血圧は大丈夫か?」
「いや、あれ、好きで怒っているんだよ。怒鳴るのが趣味なんだよきっと」
「ストレス発散だろうなぁ……」
「標的にされ続けている大尉が不憫だな」
「エドガーさんも、うまく逃げればいいのに」
「主任、真面目だからなぁ」
というのが、周囲の見解だ。
そんな可哀そうな男というのが――。
「なぁ、おい! わかっているのか? 貴様に言っておるのだぞ⁉ 何か言うことはないのか、えぇ? エドガーッ‼」
「いや、はぁ……。その、うう……」
怒られながらぺこぺこと頭をさげる青年の名はエドガー・レイホウ。ラトクリフのパワハラを一身に受ける開発局の技術大尉である。
「――ええと、その、あのですね」
煮え切らない返事を繰り返すエドガーはもう三日も寝ていなかった。そのため、思考力と判断力が著しく減退。ああとかううとか曖昧な返事しか出てこない。
「これには、そう、わけがありまして……」
それに外見もひどいものだ。宿舎に数日帰れていないから髪はぼさぼさ。
肌は荒れてまばらにヒゲが伸びている。さらには目の下に濃いクマがうかんでいた。
瞳はどんよりと濁り、ドブ川のようだった。動かない頭をフル回転させ、なんとか状況説明をひねり出す。
「数日前にご命令をいただいた、急ぎだという新型魔力放射砲の耐久試験中でして……、その『信頼性が求められる試験であるからして、主任であるお前が行うのだ』と……。あの、そのような試験の最中に、新しい重要複雑な力学検証をご命令いただくと、その、同時におこなうのは無理がありまして……。いや無理といいますか、せめてどちらかをほかの局員に頼んでいただければなんとか……」
「――はぁ? 貴様、今ワシに意見したな」
エドガーの弁解にラトクリフは下からにらみつけるように顔を近づけた。
「ひぃ」
顔が近い。目の前まで近づけられたつり上がったどんぐり眼。
その視線。その表情。青筋まではっきりとわかる。視界が占領する圧迫感が異常である。
そんなラトクリフに、エドガーは蛇に睨まれたカエル同然だった。
怖い。怖すぎる。でもここはちゃんと相対しなきゃだめだ! と自分に言い聞かせるのだが、残念ながら怖すぎた。
「い、意見ではありません局長殿! 要望であります!」
それだけを何とか言えた。だが勇気があったのはそこまでだ。ラトクリフのぎょろりとした目に耐えかねて、ギギギと視線をそらす。
「ほう。要望。要望なぁ……。それならば、堂々と言えるよなぁ。ワシの顔を見て話さんか? なぁ」
「い、嫌です」
「なぁーぜぇーだぁ?」
「怒るから……」
「なぜ怒られると思う?」
「――じ、自分が生意気なことを言ったから……です」
「分かっとるではないか、馬鹿もんがァ‼」
「ひぃぃぃいい‼」
いつもなら平身低頭謝る、愛想笑いでごまかすなどで切り抜ける。
ただ今日は本当に疲れていた。思考力もダダ下がりだった。
だから、ついつい反論してしまったのだ。
「あ、あの、その、あわわ……」
いいわけを重ねようとする彼の眼前に、ラトクリフの血走った視線がインターセプト。顔をそらすことすら許されない。
「なんだってぇ? 聞こえんなぁ。もう一度言ってみよ。ほれ、ワンモア、さぁ言え、ほれ言え。その程度のこともできないかエドガー‼」
「ひ、ひえええ」
ラトクリフの怒りのボルテージは上がる一方だ。
「……貴様、ワシに意見したよなぁ? それは、ワシへの宣戦布告ということだよなぁああ⁉ 前から言っていたぞ。貴様の仕事は、ワシが来る前にドアを開け、椅子を引く。茶がなければ、まっさきにいれに行く。仕事ももちろん完璧にやる! ワシの言うことは絶対服従! 貴様に自由意志などなし! それがワシと貴様の関係性だと教えたはずだぞ! パワハラだぁ⁉ そんなこと知っておるわ! 貴様のような愚図の無能を使ってやっているだけ、ありがたく思わんか。これしきの事もできずに、意見だとおぉ? 馬鹿者! 百年早いわッ!」
ハゲ頭を茹ダコのように真っ赤に染めたラトクリフは、机をバンバンと叩きながら唾を飛ばす。
「ふざけておるなぁ。まったくふざけ切っておる!」
ラトクリフという男はいつもそうだ。
怒るときは常に一方的。反論など一切許さない。
「おい、聞いているのかエドガー! まだ言いたいことはあるぞ! 例の新型の資料はまだなのか⁉ いつまで待たせるつもりだ! 愚図はいつまでたっても愚図らしいな! 貴様ここに何年いる⁉ 新任の少尉の方がまだ仕事をするぞ!」
曲がりなりにも主任を務めているエドガーに対してこの言いようである。
怒りのスイッチが入ったラトクリフは止まらない。
「貴様のようなやつを主任にしてやっているのは、ワシの温情だということもわからず全くお前ときたら本当にどうしようもない! 恩を仇で返すとはこのことよ」
何か言おうものなら何倍もの罵声が返ってくる。それがわかっているから、誰しも嵐が通りすぎるのを待つのだ。
であるのにエドガーは。
「あ! そ、その案件ならば――」
余計な一言をかさねる。
「局長殿のデスクの上にほら! 三日前にお渡ししたはずです! ここ、これですよ! ほらほら、ありましたよ。……あの、もしや、忘れておられました? 確認をとお願いしたはずなのですが」
さらに要らない言葉を吐く。どう考えても、その言葉はアウトである。
「あぁ? ――確かにあるな」
エドガーはこれで怒りが収まると考えた。
もう提出済みであるなら、これ以上怒られるはずはないと。
だが、そんなわけはないのである。
「お前の主張はわかった。つまりは、だ」
一呼吸を置いて、ラトクリフの雷が炸裂する。
「伝達がうまくいかなかったことをワシのせいだと言うのだなぁ! なんというやつだ! きっさまぁ! 上官をなんと心得るかぁ‼」
怒りが収まるわけはなかった。
道理はエドガーにあるだろう。だが、その道理はラトクリフのような人間に通じない。
「まったく、貴様と言うやつは! だからいつまでたっても駄目なのだ! この無能! 無能無能無能無能無能‼ 無能大尉だぁァァァアアアア‼」
睡眠不足というやつは、目の前に見えている地雷も避けられない。
彼は今日も見事に地雷を踏み抜いたのだった。
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