第31話 ユルシカ島の攻防(2)
隠密伏海艦チェルノボーグを含む特務艦隊ルサールカは、ガニメデ連邦で開発されていた新型艦であった。
特徴は水上艦ではなく、海中を行く水中艦であるという点だ。
「報告します提督。トビウオ弾頭 次々と撃墜されています」
(ほう……?)
その報告は、ベンメルにとって意外なものだった。
冥界の兜で視界を奪ったうえでの物理弾頭での飽和攻撃。
対魔防壁に頼り切った現代の軍隊では対応できないと思っていた。
「弾頭の対魔防壁は機能しているのだな?」
「はっ、正常に機能しております。ですが、敵の主兵装も物理砲であるらしく。浜からの砲撃で撃ち落とされています」
(ふむ……、これはエドガーが何かを仕込んでいたか? あのミラージュを作り上げた男だ。新兵器の一つや二つ仕込んでいても不思議はあるまい)
あまり時間はかけられない。とベンメルは思った。
トビウオ弾頭は数が限られている。
「良かろう。ルサールカ三番艦および四番艦は島の両翼に迂回せよ。トビウオは撃ち切ってしまってかまわん。上陸せよ」
◆◆◆
「敵の主武装は、未知の物理砲、飛鉄塊弾と仮称します。現在は、電磁加速砲で撃墜できていますが、有効ではないとわかれば陽動を継続しながら、上陸作戦を決行するはずです。敵は海中にいますが、上陸作戦を行うならば一旦浮上するはずです」
クラウスは、空間投影されたユルシカ周辺の地図を示しながら指示を出す。
「相手はこちらの情報網・監視網は寸断されていると思い込んでいるはずです。そこをつきます」
実働部隊が島のあちこちに潜む。
それぞれの小隊に一体の月光の仮想情報端末が付く。
「アルファからチャーリーは湾の右側へ、デルタ、エコー、フォックストロットは左翼です。森に潜んでください。月光のセンサーは限定的にですが健在です。敵の浮上を確認次第、照明弾を撃ってください。それに併せて、月光はトーチカの従来型魔導陣砲で砲撃を」
『了解した。少佐』
クラウスの側に浮かぶ月光を介して、リキッドの声が届く。
通信は妨害されたとて、月光ネットワークがある限りコレクターズの連携は途切れない。
◆◆◆
ルサールカ艦隊は、旗艦チェルノボーグと、ルサールカ型伏海艦四隻で構成されている。
グラナダの遺産である冥界の兜を発動した旗艦を中心とし、沿岸部への一方的な奇襲を想定する戦隊だ。
運用がそもそも奇襲。海中の船という発想も新しいはずだった。
対策のしようがないはず、だった。
なのに、浮上したそばから、集中砲火をくらうのはなぜだ?
ルサールカ三番艦の艦長は混乱していた。
艦は隠密行動に特化しているため、防御は貧弱だ。
対魔防壁も小規模のものしか積んでいない。通常型の魔導陣砲の攻撃であっという間に防壁は臨界を迎える。鏡面が砕けるように弾け、霧散した。
「くそっ、ええい、潜航だ! 急速潜航!」
「駄目です艦長! 艦外壁にダメージが。バラストへの再注水も間に合いません」
悲鳴のような報告に青ざめる。
ズガン、ズガンと、艦全体に不吉な音が響く。
「なんだ? 掃海艇?」
潜望鏡を覗いていたクルーが報告をあげる。
「せ、船体に取り付かれました! 侵入されます!!」
◆◆◆
『――おう、クラウスの旦那。右は制圧したぜ。敵さん、乗り込まれるなんてちっとも思ってなかったらしいな。案外簡単だったぜ』
「よろしい。先ほど左翼からも制圧が完了したと報告がありました。そのまま状況を維持してください」
両翼の別動隊は沈黙した。
しかしユルシカ基地の正面海域に潜む旗艦と思しき相手が厄介だった。
敵の飛鉄塊弾は激しさを増す。いったいどれほどの量を積んでいるのか。
電磁加速砲も三基が破壊された。この調子で続くならばじり貧だが――。
地下の指揮所にも、振動と土煙が舞う。
これだけ撃てば、相手も弾切れが近いのではないか? そうクラウスは分析する。
しかし、厄介なのは、居場所がつかめない事だ。
散発的に海中に電磁砲を打ち込むも手ごたえが無い。
打つ手がないのはこちらも同じ事だ。
「お互い、手詰まりと言ったところですかね。さぁ、まだ見ぬ指揮官殿、次の一手はいかに?」
◆◆◆
両翼に派遣したルサールカ隊からの通信が途絶したことで、ベンメルは顔をしかめた。
(こんなはずではなかったのだがな。忌々しい。これもエドガーの仕業か? そもそも、トビウオが無効化されるなど想定していない)
お供のルサールカはすでにトビウオ弾頭を撃ち切っている。
チェルノボーグも残は三割と言ったところだ。
いかに島の表層を削ったところで、基地機能が残っていれば意味がない。
ここに来て、戦闘は膠着状態に陥ったと言える。
元々奇襲が前提の作戦だ。時間が立てば立つほど不利になる。
(搦め手が必要か……)
ベンメルは苛立ち始めていた。
エリート街道を歩いていた彼は、自身の失敗など許さない。
多少、人道にもとる行為をしたとても、目的を達成させる気でいた。
「坊ちゃん。どうされますか?」
傍らに控える、オーウェンに告げる。
「ラブリス・ティア・アマルティアを使う。一部回線を開放する。かの王女の身柄をもって動揺を誘うのだ。彼女をブリッジに連れてこい」
「わかりました。では私が参りましょう」
ブリッジを後にしようとするオーウェン。
そこに慌てふためいた部下が駆けこんできた。
「報告します! 独房に捕虜が居ません! 脱走したと思われます!」
「――なんだと?」
ベンメルは眩暈を覚えた。
なぜこうも、上手くいかない? あの男の所為か?
◆◆◆
ベンメルの顔が、不測の事態のため驚愕に歪むその少し前だ。
エドガーは、エドガーで窮地に立たされていた。
「う、う……。いや、いやぁ」
ここに来てから、おかしかったラブリスの様子が、さらにおかしくなっていた。
真っ青な顔で震えている。
奥歯をガタつかせ、目は宙を泳いでいた。
「ラブリスさん! ラブリスさん! しっかりしてください! どうしたんですか⁉」
「怖い、怖いの……! 嫌、嫌ぁ……助けて、助けて、お父さまぁ!」
それは、どう見ても錯乱状態だった。
はつらつとした普段のラブリスの姿はそこにはなかった。
悲鳴をあげながら、床に頭を打ちつけようとする彼女をエドガーはその身をもって保護していた。
「ラブリスさん! 大丈夫、大丈夫ですから。俺がここにいます!」
思い切り顔を近づけて、大声で話しかけた。
ラブリスの視線が少しだけ定まる。
「え、エドガーくん……? ご、ごめんなさい。私、駄目なの……、海の上の船に閉じ込められるのだけは、駄目なの。子供の頃、怖い目にあって……、それが思い出されて……、ごめんなさい、ごめんなさい……」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになったラブリス。
王女の威厳はそこにはない。
心的外傷後ストレス障害。
ラブリスが抱えているものがそれだ。
王女ラブリスは、幼少期に船上で誘拐事件にあい、その時心の傷を負った。
それから彼女は決して、船には乗らなかった。船上での彼女は何もできないからだ。
その事件は、某国が関与していたが、秘密裏に処理されたため国民には知られていない。
エドガーも、もちろん知らない事だ。
だが、彼もわからないなりに。
(これはまずい。少なくとも、ここにいちゃ駄目だ)
と直感する。そして、迷うことなく衛兵を呼んだ。
「おい! 姫殿下の様子がおかしいんだ。早く! 早く来てくれ!」
衛兵が走ってくる。
「はやく! 早く開けろ! 医者を呼べ。衛生兵はいないのか⁉」
「ま、まて。今私しかいないのだ。開ける事は――」
「早くしろ! 死んでしまうかもしれないんだ! 一国の王女だぞ!」
エドガーの決死の訴えに焦った衛兵は、独房の鍵を開け房内に侵入する。
――間髪入れず、エドガーは衛兵のみぞおちに向かって体ごと突っ込んだ。
エドガーの一撃で怯んだ衛兵に、馬乗りになったエドガーは何度も何度も、頭突きを見舞う。彼の鼻からも血が吹き出たが、両手をふさがれた彼にできる事はこれしかなかった。
ついには衛兵は気を失った。
勝算など考えていなかった。ただただ必死だった。同時に、運がよかったともいえる。
血だらけの顔でエドガーは、衛兵の懐をまさぐった。
手はふさがれている。顔を突っ込み、口で探す。何か拘束衣を裂くものは無いか?
幸い、小型の魔導ピストルを発見した。これを使い拘束衣を打ち抜けば、そこから手を出すことができる。
だがどう撃つ?
エドガーの判断は早かった。靴を脱ぎ、両足で銃を固定。自らの方向に向けた。これなら足の指を使えば引き金を引ける。
ミスをして銃弾が当たればただでは済まないが、方法がこれしかないのだから仕方がない。
エドガーは自身の腕と胴のあたりに銃口を付け、トリガーに足の指をかけた。
どうか、悪いところに当たらないでくれよと祈りながら引き金を引く。
火傷のような痛みを感じたが、幸運にも弾は拘束着だけを打ち抜いたのだった。
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