第29話 囚われのエドガー
エドガーがぼんやりと目を開けた時、身体は冷たい鋼鉄の床に転がっていた。
低く唸る駆動音が聞こえる。それはエドガーには慣れ親しんだ音である。
(魔導艦の中か……? でも、響きが少し違うような……)
と、ぼんやりと思った。
「あ、エドガーくん。気が付いたの?」
その声に意識は覚醒する。
視線を向けると、そこにいたのは赤毛の王女ラブリスだ。だがその姿は……。
「私たち、拉致られちゃったみたいなのよね……」
普段の自信満々な彼女からは想像もできないような気弱そうな表情。
それだけで、自分たちが置かれた状況がかなり悪いということがわかってしまう。
二人とも、上半身の自由が奪われている。分厚い拘束衣に包まれていては、身じろぎする程度しかできなかった。
「なんで……、月光は?」
二人して捕まったという事実。誰がそれをしたのかという謎。
それらよりも先に、エドガーの頭の中には大きな疑問が生まれた。
エドガーが開発した月光の拡張機能は、月光による島内の監視を完全に行えるはずだった。自分たちを月光に見つからず拉致する事なんてできるはずがない。
「私にもわからない。それどころか、捕まった時の記憶すらないの。気が付いたらここに転がされていたわ」
そう呟く、ラブリスの表情も暗い。
(これは困ったことになった……)
エドガーは焦った。島内であれば、どこに居ても月光に連絡が取れる。
だが、今この場にかの人工精霊が居ないということ。響く駆動音からなにがしかの魔導艦艇の一室に押し込められているということから、自分たちがいるのは、ユルシカではなく、どこかの洋上であろうと予想がついた。
「なんとか島に連絡を――」
そうエドガーが言いかけた時、
「目が覚めたか。起き抜けから脱出の相談とは。元気な事だな」
部屋に入って来たのは、見慣れない軍服を着た男たちだった。
黒と灰の装いはアゼルデンのものではない。
威圧的な色合いに、勲章が鈍く光る。
「アゼルデン第一王女、ラブリス・ティア・アマルティア殿下とお見受けする。この度は手荒な真似をして申し訳ない。我々も極秘の作戦行動中のため、無礼を許されよ」
「……そう思うなら、この拘束を解いてはくれないかしら?」
「それはできない。第一王女は優秀な軍人でもあると聞いている。麗しき獣を解き放てば、我々とてどうなるかわからぬからな」
静かに響く声で語り掛けるのは、先頭に立つ金髪の男だった。
しかし、エドガーはその男に見おぼえがあった。
「――ベンメル、少佐?」
金髪の軍人――ベンメル・リベリアは氷のように冷たい視線をエドガーに向けた。
「久しぶりだな。エドガー・レイホウ。ユルシカは貴様が左遷された場所でもあったな」
ベンメルは愉快でたまらない。
先日行った中央工廠での破壊工作と、現在エドガーがおかれている状況を合わせて考えると、サディスティックな気持ちが昂る。
洗いざらい教えてやってもいいが、作戦行動中であるからして時間もないな。 と、思考を弄ぶ。
一方、エドガーは混乱していた。
彼は、自分からミラージュを奪った男だ。
脳裏には何故? が大量に浮かぶ。中央工廠にいるはずの彼がなぜここに?
そして、おそらくは敵。どうして、彼が敵に?
「なんであなたがここに? ミラージュは? リリサ中尉は? 局長は?」
そんなエドガーに、あの時と変わらない冷ややかな視線を投げかける。
「疑問は尽きないだろうが、残念ながら私には、答える義理も理由もない。貴様にはすべてが終わるまでここで大人しくしていてもらう。だが、まぁ元気そうで安心したよ、エドガー」
そう言って笑う。
「ミラージュのことを気にしていたな。あの飛空艇は素晴らしいものだった。あんなものを作られては、国家間のパワーバランスが崩れるところだったよ。お前が去った後、調べさせてもらった。貴様は危険だな。お前のような男がいると、国が亡びる」
「質問に、答えて! なぜあなたが!」
「知る必要はないな」
そう言って、踵を返す。
「提督。準備が整いました」
「わかった」
「まて、何をする気だ!!」
なお声をかけるエドガーに、金髪蒼眼の美丈夫はニヒルに笑った。
「再会できて光栄だ、エドガー。捕虜になれて幸運だったな。貴様は姫殿下と共に、我が国に送ってやろう。ラトクリフの元よりは、快適だぞ?」
◆◆◆
「――ごめんなさい、エドガーくん。彼らの目的は私よ。あなたを巻き込んでしまった」
青ざめた顔のラブリスが力なさげに肩を落とす。
ここへ来てからの彼女は普段の聡明さ、勇猛さはどこかへ行ってしまった。
それどころか、怯えてさえいる。
「ほんとうにどうしよう。どうしよう。どうしよう……そればっかりが頭の中を堂々巡りして……。ダメね。全然考えがまとまらないのよ」
肩を縮こめて震えているのだ。
そして謝る。ごめんなさい、ごめんなさいと。
それを見て、さすがのエドガーも自分がしっかりしなければならないと思った。
「ラブリス大佐が、謝る事じゃないです。俺が何とかしますから」
そう言って、エドガーは頭脳を回転させる。
彼は、自覚は無いが土壇場に強かった。
長年のハードワークと過酷なストレス環境で構築された強靭な精神力。
それが彼の強さの秘訣である。
エドガーは現状打破のために考える。
まず、彼らは、どこから来た何者か? そして何をしようとしているのか。
「あのベンメルという男、開発局にいたやつなんです。高官の子息だと言っていたはずなのですが……。ラブリス大佐は何か心当たりはありますか?」
エドガーの問いかけに、ラブリスも考えを巡らせる。
「――推測だけど、彼はスパイだった。という線はない。あれはガニメデ連邦の制服なのよ。何かの手段で身分を偽造。開発局に入り込んだ……?」
ガニメデ連邦は、アゼルデンの北東で国境を接する大国だ。
過去にはエウロペ大公国という名の北方の穏やかな国であった。
しかし、大戦期に革命がおこり軍事大国に変貌した。
アゼルデンとは領土問題を抱えており、実質的な敵国とされているのだ。
「目的は、おそらく遺産……かな? でもこんなあからさまな軍事行動を起こすなんて……、あの国の内部で何かがあった――?」
「遺産の所在って、他国に知られているんですか?」
エドガーの知るグラナダの遺産は二つ。
魔導コア月光と、縮退炉キュクロープスである。
確かにあれほどの超兵器の存在が他国に知られたとするならば、自分たちが狙われたのものうなづける。
「グラナダの遺産は最重要国家機密よ。月光もキュクロープスも秘匿されている。――でも、ベンメルが、軍の内部に忍び込んでいたというのなら、その限りではないかも……。月光君はともかく、縮退炉の存在は中央国防省も知っているから、その情報を盗み見られていたら……」
エドガーとラブリスが推理する間に、艦内放送が入った。
『本艦はただいまより、作戦行動に移る。各自、持ち場につけ』
艦が揺れる。どれくらいの大きさの船なのか二人にはわからないが、ひと際出力を上げた駆動音が、何かの始まりを予感させる。
◆◆◆
エドガーとラブリスが戦いの合図を知った数分前。
ベンメル・リベリアは自身の艦のブリッジに居た。
「先行隊の報告によると、かの地にあるのは、グラナダナンバーズの7『縮退炉キュクロープス』と思われますな」
「縮退炉か……、技術者は何と言っている?」
「規模によりますが、本国への移送には解体から運び出しまで、数週間を要すると考えられるとのことです」
「そうか。その間、偽装工作をし続けるのは現実的ではないな」
ため息をつき、ベンメルは考えていた。
グラナダ製の動力機関は惜しいが、縮退炉そのものの製造技術は現代にも伝わっている。
取り扱いを間違えれば危険な代物だが、人類に対しての有用性が高かったため封印破棄されなかった技術群だ。すなわち、代替えが効く。
とはいえこのままアゼルデン軍の手の中においておくわけにはいかない。
「島を押さえたのち、技術団を派遣する。期間は二十四時間。データ収集ののち爆破する」
「……評議会へ判断を仰がなくてもよろしいのですかな?」
ベンメルの決定にオーウェンが片眉を上げた。
「ふん、あの老害どもに何ができるというのだ」
とベンメルは一笑に付す。
「適当に報告書をでっちあげるさ。例えば、触ったら爆発した、とかな」
そのような雑な報告を受けた評議会の老人たちがどう思うか。
恐らくは顔を赤くして怒り出すだろうが、どうでもいい。
そして、その光景はとても愉快なものに思えた。むしろ望むところだ。
どうせ怒ったところで、私には手は出せまい。そう思っていた。
「提督、作戦開始時間です!」
艦のオペレーターが叫ぶ。
「わかった」
ベンメルは提督席より、ゆっくりと立ちあがる。
軍服と揃いの漆黒の制帽を正し、金髪蒼眼の青年提督は、眼前のスクリーンに映る深海の風景を見据え、号令をかけた。
「これより、ユルシカ島制圧作戦を開始する。隠密伏海艦チェルノボーグ浮上せよ。特務艦隊ルサールカ全艦、速やかに攻撃を開始」
ベンメルは優雅に笑みをうかべながら、手を振った。
(すまないな、エドガー。またしても貴様の居場所はなくなる。だが恨むなよ。我らの進む先にいるお前が悪いのだから)
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