第21話 噴流推進式魔導エンジン

 新たに解放した三号棟ドックの設備チェックをしていた時、ふと、隅に置かれた巨大な物体が気になった。


 エドガーは、面白そうなものを見つけたぞ! と、好奇心から防塵シートをいそいそと剥いでみる。


 現れたのは全長四Ⅿ、直径一Ⅿほどの巨大な円柱状の構造物だった。


 曲面はところ狭しと配管とケーブルにまみれ、複雑な機構を持つ。


 一目みて、ただのゴミではない事を看破したエドガーは円柱正面にまわる。


「おお、これ。いいじゃん……!」


 巨大なタービンが眼前に現れた。


 逆の終端には拡大・収縮する可変ノズルを取り付けられる機構が備わる。一通りチェックする。第一タービン、第二、第三層、オーケイ。


 爆炎陣が刻まれている燃焼室も状態がよさそうだとわかると笑顔が抑えられなくなった。


 推進系の魔導機関。

 それも現在は主流ではないレアものである。


「こりゃあまたすっごいものが置いてあるじゃないか」


 エドガーはウキウキした。

 これこれ、こういう事があるからこの基地は面白い。


「うわー、いいなぁこれ。弄りたいなぁ、改造したいなぁ……、ここにあるって事は、うちの管理下物品なんだから好きにしてもいいよね」


 電磁砲の実用化もまだ途中だというのに、新しい兵器おもちゃを見つけると夢中になるのは、エドガーの悪癖だ。目をキラキラさせて、右に左にしげしげとその構造物を眺めまわす様は、もはや子供だった。


「エドガーさん、何かあったんですか? ……って何ですかこれ」


「あ、ステラちゃん良いところに!」


 いつものつなぎに、バインダーを携えた彼女。


 破棄予定のまま放置してあるものが多すぎるな、と頭を悩ませていたところだった。


 そんな折に、仕事をサボって何かを始めた上司を発見したのだ。


「君はさすがに知らないかな。これはね、噴流推進ジェット式魔導エンジンという。飛空艇の推進機のひとつだよ! さっき見つけちゃったんだよねー。これで何か作れないかな⁉ かな⁉」


 目を輝かせているエドガーを見て、ステラは直観的に察した。


(この人、また仕事増やす気だ……!)


 いつもの事だが、次から次に新しい事を始めるエドガーに、軽いめまいを覚えた。


 たちが悪いのは、複数の仕事を抱えたとしても結局すべてやり遂げてしまうことだ。


 その犠牲になるのは、本人の健康であり、睡眠時間であり、人間らしい生活である。


 有能といえば有能なのだが、彼の実生活を重点的にサポートしているステラからすると、新しい仕事を見つけてくるのは、頭の痛い話だった。


「エドガーさん、姫に頼まれた案件、複数抱えていませんでしたっけ? これ以上仕事を増やすのはちょっと……」


「いや、あれはもうだいぶん終わったからさ! ね、いいでしょ?」


 ステラはため息をつくと、持っていた備品目録のファイルを机に置き、エドガーにも椅子を勧める。せめて座ってほしいものだ。


(エドガーさん、こういう人だし、どうしようもないなぁ。今更なおらないと思うし、せめて無理させないように、私が気をつけておかないと……)


 ステラも、いい加減エドガーという男の事を理解してきている。


 呆れるのにもいまさらである。


「で、噴流推進式ですか? 通常の重力反転式とは違うんですか?」


「うん。十年くらい前までは一緒に開発されていた方式だよ。今は廃れたけどね」




 魔導飛空艇という兵器がある。


 海洋からの魔素供給オードサプライを受けなければならないため、洋上から離れられない魔導艦に替わり、戦場の空を支配しているのは小型の魔導飛空艇だ。


 前大戦初期はプロペラを回し飛んでいた。


 現在では重力系の魔導陣を使用した、重力反転式フローティング推進機が主流になっている。


 一時は、長大な航続距離と、遠隔攻撃能力で戦場の主力となることを期待されたが、対魔防壁発生機の進歩に伴い、その用途は索敵や哨戒、地上の小戦力や小型艦艇への攻撃に限定される事になった。


 限られた魔力蓄槽から供給される火砲火力では、大型艦の防壁を突破できないという問題があったからだ。


 これを解消するために、物理砲を搭載した強襲用飛空艇も開発されたが、大型艦を脅かすほどの攻撃能力の獲得には至っていないのが現状だ。



「前の職場で開発していた新型機は、魔力蓄槽の大容量化で火力の大幅アップを可能にしたんだけど、それでも何とか奇襲攻撃に使えるかな? ってレベルだったなぁ。魔導飛空艇はまだまだ改良の余地がある分野なんだよ。耐魔防壁さえ突破できるようになれば、大型の艦艇火砲でドンパチする必要が無くなるし、その時は船の甲板一面を飛空艇の発着場にしたような船を作るようになるだろうね」


 実際、エドガーの構想の中では、電磁加速砲を極限まで小型化させて、飛空艇のメインウェポンにする案が存在する。


 まぁ、それまでにいろいろとクリアしなければならない問題は多いのだが。


「はぁ、まぁエドガーさんの未来プランは置いとくとして、これって使える代物なんですか?」


 ステラの素朴な疑問。

 ユルシカ基地にあるのは基本的にガラクタと呼ばれたものたちだ。


「うーん、実際難しいね。こいつも今やってる電磁加速砲と同じだよ。爆発的な推進力から得られる加速は魅力的だったんだけど、空力学的に飛んでるだけだから、翼で得られる揚力頼みで、墜落のリスクが高い。そのうえ、操縦技術がシビアだし、失速しにくい重力反転の安全性に比べるとねぇ。尖った性能はあるんだけど扱いが極端に難しいパターン」


「そうなんですか。まぁ、ここにあるって事は、失敗兵器ですもんね」


 とステラは口を開けて、エンジンを見上げた。


「でもなぁ、俺は好きなんだよなぁ、噴流推進式。ミラージュも許されるなら噴流式にしたかったなぁ。こいつの特徴は、とにかくパワフルなところだよ。推力がべらぼうなんだ」


「そんなに違うんですか?」


「一度こいつ、動かしてみる?」


 ステラの不用意な一言で、エドガーの目が輝く。


 何も知らないステラは、適当に頷いたことを後悔することになる。


   ◆◆◆


「3.2.1. 点火イグニッション!」


 キュウウウウウウウウウウウウウウウウウィィインンン!!!!!


 エンジンから高周波の駆動音が鳴り響く。


 内蔵された大型のタービンが回転し、周囲の空気を取り込み、圧縮。


 燃焼ガスとして、後方から一気に排出される。


 排気ノズルから、オレンジ色の火炎が吹き上がる。


「う、うるさいですよ! なんですかこれ⁉」


 ドックの扉は解放してあるものの、大きな空気の流れが巻き起こり、中はさながら台風の中に放り込まれたような有様だ。


「わはははは! すごいだろう⁉ この力で空を飛ぶんだよ! まだまだ出力上げるよ!」


「まって、まって! それに、風、風ぇ! 屋根飛んじゃいません⁉」


「まだまだ! ここからが噴流式の良いところだよ! そーれ、3・2・1! アフターバーナー、点火ぁあ‼」


 ノズルから排出される高温のガスが、蒼炎に変わる。


 一層強まった高音に、ドックの建屋全体がビリビリと共鳴した。


 パリンパリンと音が聞こえる。何枚か窓が吹き飛んだらしい。


「わぁあああ! エドガーさん、ストップストップ!! ドックが吹っ飛んじゃいますよ!」


 ステラは後悔した。

 軽々しく、頷くべきじゃなかった。


 エドガーの感覚は人とは異なる。後先はあんまり考えていない。


 目の前のワクワクに目がくらむと、後始末の事とかは一切忘れる。


 そういう人である。

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