第22話 俺は元気にやっているよ

「あ、スケコマシ大尉」


「あ、はい」


「どうした、ほっぺにモミジつけて。ステラになんか悪さした?」


 ユルシカ基地の通信棟である。


 ラブリス配下の霊子戦エンジニアたる寡黙な少女兵、トトリ・ストリクス軍曹の職場だ。


「いや、ちょっと実験に夢中になりすぎて怒られまして……」


 エドガーの頬は赤くはれあがっていた。


 三号ドックをしばらく使用不可なほど荒らした結果、ステラに張り倒されたのだ。


「ステラって、ときどき、お母さん味あるね」 


 トトリは平時、通信士としてここに詰めている。


 絶海の孤島であるユルシカはこの魔導機関全盛の時代にあっても、通信が貧弱なのが悩みの種だ。


「君宛のお手紙はまだ来てない」


「そっか……、おかしいな。リリサ中尉はすぐに手紙を書くって言ってたんだけどなぁ……」


「毎日毎日、女からの手紙を心待ちにしている。ステラと姫に気に入られてるくせに。やっぱりスケコマシ大尉」


 ジトっとした視線を受けて、エドガーは少し怯んだ。


 このトトリという少女、異質である。喋り方も端的だし、思考が読めない。


 エドガーとしては、同じエンジニア同士語り合いたい気持ちもあるのだが――


「もう、エドガーは自分で電話するのがいいと思う」


「電話かぁ……まぁ、してもいいんだけど、彼女も忙しいかと思うと、ね」


「そういう変なトコだけ気を遣う。女心がわからない人間の特徴」


「うぐ、そこまで言わなくてもいいだろう」


 はよかけろ。とトトリに促され、エドガーは基地の電話ボックスに向かった。


 まぁ、リリサ中尉に頼みたい事もあったし――と自己弁護をしながら、古巣である中央工廠に通信をつなぐ。


 今は正午だから、工房で休憩中だろうか、と電話交換にリリサを呼び出してもらい待つこと数コール。 


『先輩⁉ ほんとにほんとに、エドガー先輩⁉ よかったお元気そうでぇ‼』


 電話口で久々に聞く後輩の声は涙ぐんでいるようだった。


『全然、ぜんぜーん、連絡がないから心配してたんですよ! え? 届いてない? おかしいな……、郵便事故ですかね。でも私いっぱい手紙送ったんですよ』


 エドガーは自身が居なくなった後、古巣で起こった色々を聞いた。


 それは、エドガーが予想もしていなかった事であったし、いくらか溜飲が下がる報告でもあった。


『最近、局長はエドガーめぇ、エドガーめぇって恨み言をずっと言ってるんですよ。今までは、先輩あっての開発局だったって事を認めたくないんですよ!』


 嬉しそうに報告をしてくれる、愛すべき後輩の声に、エドガーも思わず頬が緩む。


『先輩、大丈夫ですか? そちらで辛いことはないですか? 先輩のことだから、兵器開発ができなくて、苦しんでいるんじゃないですか?』


 リリサ中尉は本当に心配症だなぁと、苦笑する。


 大丈夫。こっちの人たちもすごく優しくて、いい環境にいるよ。


 エドガーの偽らざる本心だ。


「お気楽な倉庫部隊に左遷されたけどさ、俺は元気にやっているよ」


 エドガーは基地に来てからの出来事を、ひとつずつリリサに報告するのだった。


    ◆◆◆


「――で、『船』は見つかったの?」


 赤毛の王女、ラブリス・ティア・アマルティアは指令室の窓から見える、夕焼けの浜辺を眺めながら電話の先に質問した。


 照らされた室内はオレンジ色に染まり、まぶしいばかりだ。


『いや。残念ながらまだ発見できない。毎日飛び回って探してはいるのだけどね』


 ハンズフリーにした受話器から聞こえる返答。

 どこか軽薄そうな若い男の声だ。


『あの情報、本当に間違いないのかい?』


「いまさら疑うの? 遺産そのものがもたらした情報なのよ」


『嘘をついている、という可能性もあるだろう?』


「彼らは人間には服従するじゃない。魔導コアよ?」


『通常の魔導コアならね。相手はグラナダの遺産だよ。嘘のひとつやふたつ平気でつくだろう』


「なるほど……。確かにエドガー君も、月光が言うことを聞かないと愚痴るわね」


『なんでも手の内みたいな顔をして、その実、何も知らないよね』


 通話先の男はくっくと笑った。


『意外と純真だし。いつか悪い男に騙されるのではないかと、僕はいつもひやひやしているよ』


 うるさいわね、余計なお世話――。


 ラブリスはそう思うも、対人が苦手なのは本当だと思いなおす。


 普段のおちゃらけた言動も、作戦行動中の理論だてた思考も、本当の自分、弱い自分をを覆い隠すヴェールであることはよく知っている。


「ご忠告どうも。せいぜい気を付けるわよ。報告はそれだけでいいの?」


『ああ、大事なことを忘れていたよ。変な船を見かけたよ。ユルシカの南方一〇キロの地点だ』


「変な船? ずいぶん曖昧な言い方」


 電話先の男は、軽い人間ではあるけれど、適当なことを言うヤツじゃないはずだ。


『すまない。そうとしか言えなくてね。見たことのない船影だった。しかも飛行する僕たちに気づいた後、忽然と消えてしまったんだよ』


「消えた? 飛空艇から見下ろしていたんでしょう?」


 大洋はどこまでも開けている。よほど長い間目をそらしていなければ、空から見失うはずはないのだが。


『今はうまくごまかせているようだけど、その島もいつまで隠しておけるか。本国の動きも変だよ。議会野党派がまた活発になってきている』


「お父様がうまくコントロールしているんじゃなかったの?」


『あの人はいつも詰めが甘い。水面下での動きまで対応できてない』


 お人よしを絵にかいたような、髭面を思い出しラブリスは苦笑した。


 一応、その人物はアゼルデンの現国王であるのだが。身内だからこそ余計に評価が厳しくなる。


「わかったわ。縮退炉の再起動、魔導コアの確保ときて、勢いづいている今だもの。コケるのは勘弁願いたいわね。こちらからも調べておく」


『頼むよ。じゃあ、そういうことで、今度こそ――』


「ええ。そちらも気を付けて」


 通話を切って、指令室の椅子に身を沈めた。


 特注の椅子は柔らかいけれど、心地よすぎて緊張の糸が切れるのが問題だ。


「考えることが多いのよ。まったく」


 基地司令、アゼルデン国の王女、一個人としてのラブリス。彼女はたくさんの顔を持っていた。その顔ごとの仕事と責任が、乙女の双肩のしかかる。


 楽しくない――、とラブリスは思った。


 彼女の脳裏に、最近お気に入りの機関技師の顔が浮かぶ。


 気の抜けた顔をした彼。

 今は兵器作りしか興味がないようだけど、その実力は確かなものだ。


 縮退炉暴走の時の対応を考えると、軍人にしても優秀であると思うのだけど。


「エドガー君のこと、もっと知りたいなぁ……」


 せっかく面白そうな人材を手に入れたというのに、あまり関われていない。


 それどころか、部下につけたステラとずいぶんと仲良くしている様子。


 あー、なんだかおもしろくない。

 いつの間にか不満がたまっていた。


「せっかく南の島だってのに、もうちょっとお楽しみがあってもいいわよね……」


 彼女とて、年頃の娘である。

 仕事に追い立てられてばかりは嫌だ。そろそろ気晴らしが欲しいなと考えていた。


 彼とフランクにかかわれて、なおかつ楽しいこと。


 面白いイベント、楽しいイベント。何かないだろうか。


「あー、そういえばそろそろ時期かな。明日、コリントに問い合わせてみて、も……いいかも……」


 ふかふかの椅子は、思考の途中でも容赦なく眠りにいざなう。


「水着、新しいの買おうかしら……」


 色は赤がいい。形はちょっときわどくてもいいわね。


 彼は赤面したりするのだろうか? 


 空想を弄びながら、ラブリスの吐息は整ったものになっていった。

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