第20話 ステラとお出かけ
ユルシカ諸島には、基地のあるデラ・ユルシカのほかに、コリント・ユルシカという大きな島がある。
こちらは民間人も暮らしており、人口一万人ほどのコリント市を形成している。
主な産業は観光で、基地への物資の仕入れ販売も行っている。
必然ユルシカ基地の面々が、文化的な休暇を楽しもうと思えば、この島へ向かうことになる。そういうわけで、エドガーとステラは、島へ向かう水上艇の上で風を受けていた。
「エドガーさん。見えてきました。あれがコリントです!」
手すりから乗り出せば、岸壁に張り付くように立ち並ぶ白亜の街並みが見えた。
カティア海の真珠と呼ばれている絶景だ。
どこまでも続く蒼い空と海に白の壁面が映えていた。
「うん、うん。これはすごい景色だね」
景色や観光に興味がなかったエドガーをしても、驚嘆すべき眺めだ。
「この島のおすすめは、足湯とお魚料理ですよ!」
「魚料理はわかるけど……足湯?」
「ユルシカは火山性の群島だから、いたるところに温泉が湧いているんですよ。ゆっくり入りたい気もしますけど、カジュアルに楽しむなら断然足湯がおすすめです。街の色んなところに無料の足湯場がありますよ」
水上艇のタラップを先に降りると、街の喧噪と香辛料の香りが鼻孔をくすぐる。
基地とは違う、異国の空気がそこにはあった。
「おっととと……」
振り返ると、いつぞやのワンピースを来て、タラップを降りてくるステラがいた。
揺れに足を取られて、少しふらついたらしい。
自然と手を伸ばす。彼女は、きょとんとしていたが、
「エドガーさんも、気が利くようになってきたじゃないですか」
と笑って手を取った。
「もうすっかり基地の生活になれた感じですよね」
「ステラちゃんのおかげだ。いろいろ助けてもらっているから」
エドガーの住居問題は結局、ステラと同室では無くなった。
基地動力に余裕が出たことで、残りの二棟のドックも稼働させた。
おかげで部屋が増えた。
元々の一号棟をステラが、二号棟の管理室にエドガーが住んでいる。
「夜食なんかも作ってもらって助かってるよ。今までは余った携帯食料で済ます事が多かったから」
「本当ですよ! エドガーさん、作業をしだすとご飯もろくに食べなくなるの駄目ですからね。ほっといたら一日中でも機械いじりしているんですから。反省してくださいよ」
ステラは世話焼きな優しい娘だ、とエドガーは知った。
最初こそ、変わった娘だと思ったが、関わっていくうちにこんなにも甲斐甲斐しく世話をしてくれるので、すっかり気を許している。
道すがら、どうしてこうも良くしてくれるのかと聞いてみた。
またラブリスあたりに命令されているのではないかと、急に心配になったのもあるが。
そう言うと、ステラは違いますよ、と笑った。
そのうえで、身の上話をしてくれる。
「私のお父さん……、もう死んじゃったんですけどね。その人もエドガーさんと同じ魔導機関技師だったんですよ。私、アゼルデンの生まれじゃないんです。もっと西の方の、砂漠のある小さな国です。そこはまだ紛争が続いていて危険な国でした。父も母も技術者だったので、今みたいに軍の基地で、住み込みで働いていたんですよ」
それほど裕福ではないが、基地内ということで、それなりに安全に暮らせていたという。
「お父さんは、本当に働きもので、朝から晩まで仕事をしていました。それこそ、エドガーさんみたいに。だからかな。エドガーさんのことほっておけないのは」
「お父さんは何で亡くなったの?」
「反政府ゲリラに基地が爆破されました。整備中の飛空艇ごと……、それで、父は死にました」
「それは、また」
「軍人ですから仕方ないです。そのあと、母の実家を頼ってこっちに移民してきたんです。アゼルデンは平和ですけど、いつまた戦争が起こるかわからないですし。だから、エドガーさんも、無理しちゃだめですからね。人間いつ死んじゃうかわからないんですから……あ、そろそろご飯にしましょうよ」
湿っぽい話はこれで終わりとばかりにレストランを指さした。
コリントの名物の魚介類を使った郷土料理の店だ。
「おお、これ、うまい……」
エドガーの皿の上に踊るのは、大振りのエビとムール貝。
輪切りにしたイカの乗ったパエリアだ。
海水と淡水がまじわる、肥沃なカティア湾で育ったエビとイカはぷりぷりではじけるような歯ごたえだ。ムール貝の身を貝殻から、ちゅるんと吸えば、うま味が口の中に広がる。
ワインとトマトでしっかり味付けをしたお米によく合った。
「エドガーさん、こっちもおいしいですよ」
ステラが笑顔で差し出してきたのは、イカのフライだ。
衣に味付けをし、カラッと揚げたイカの輪切りはまた違う食感を楽しめる。
チーズと、ジャガイモのフライもついている。
近隣の島で栽培されているレモンをかけていただく。
「うまい、うますぎる!」
「でしょでしょ! ここ本当におすすめなんですよ!」
おいしいものを食べると、人間どこまでもテンションが上がるものだ。
エドガーとステラは勢いのまま、コリント島を満喫した。衣類品やアクセサリー屋も冷やかし、足湯場にも行った。
歩き疲れた後でつかる温泉は格別だ。ステラの白い足にドキドキして、目が離せなくなったり、それをステラに気づかれてからかわれたり。二人は思いっきり休日を楽しんだ。
「エドガーさん、休むのも……、いいでしょう?」
「うん……、楽しかった……」
二人は帰りの水上艇のなか、肩を寄せ合って座っている。思い切り遊び過ぎて、少し眠かった。今日だけは、エドガーも仕事のことを忘れていた。
この島に来れてよかったと思う。
ラトクリフに心身共に追い詰められていたころとは大違いだ。人間的な生活をし、やりがいがあり、興味深い仕事もできている。周りの人々も気のいい仲間たちばかりだと。
「南の島、最高だな」
「明日はまた仕事で一日出力試験ですけどね」
二人は、くすくすと笑いあう。ユルシカの夏の夜は穏やかに過ぎていく。
◆◆◆
「あれが、エドガー・レイホウ大尉か」
「うい。隣にいるのは、ラブリス隊の整備係っすね。確か、ステラ・アグライア」
眠りこけるエドガーとステラから少し離れた場所。水上艇の客の中に一組の男女がいた。
長く伸ばした赤髪を、後ろで結んだ長身の男。少したれ目で、甘いマスクの美男子。
ラフなシャツを着て、遊び人という風体だ。
「彼らが、あのグラナダのコアを起動したという。どうやったんだろうね」
「あれはどうにもできないって本国でも匙を投げられてましたっすもんね」
「興味は尽きないね。コアが起動したことで、僕たちの調査も大きく進んだからね」
「御曹司、接触するっすか?」
御曹司と呼びかけた女もやたらと派手な見た目をしている。
ピンクに染めた長髪とアシンメトリーに刈り上げたサイド。
奇抜な髪色と、髪型で嫌でも目に付く。
「いんや、やめとこう。そんなに焦る必要もない」
「うちは、早い方がいいと思うっすけどねぇ」
「メルルカ。急いてはいけないよ。本国にも筋を通さないといけないしね。まぁそのうち、そのうちだよ」
メルルカと呼ばれた女は不満そうに口を尖らせる。
「御曹司の、のんびりなところ分からないっす。うちは速攻の方が好きですねぇ」
「
男はメルルカの背を押し、移動を始める。
「まぁ、いいすけど。どうせ、うちは御曹司の運転手ですから」
「そうそう。今度軍用レベルでスピードが出る小型艇を買ってあげるからさ――」
二人は、そのままエドガーたちと同じ甲板から立ち去る。
彼らとエドガーが出会うのは、もう少し先の話になる。
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