第16話 月光(2)

      ◇


 彼は、のんびりと外界の様子を観測していた。


 自分はすでに役目を終えた身だ。そもそも創造主相棒はもう居ない。その卓越した頭脳でもって、状況は理解していた。そのうえで彼は動かない選択をしたのだ。


『おーおー、張り切っちゃって。でも、もう駄目だろうなぁ、あいつも役目は終わったらしいし、一緒に吹っ飛ぶのが筋ってもんだ』


 彼が手伝えば、事態を収束させることは容易だろう。


 だが、創造主がいないこの世界に彼は興味が失せていた。


 ずっと寝かせておいてくれれば良かったのに。


 わざわざ起こすなんてなんて無粋なやつらだ。


 そう思っていたのだが――。


 彼の世界に唐突に振動が生まれる。手足たるデバイスが次々に失われる感覚。自らの機能が一部を除いてはく奪されたことを理解した。


『へぇ、俺さまちゃんの体だけ使おうってのか。でも人間ごときに扱えるかねぇ……』


 命令を拒否した自分に代わって、コアの情報処理能力を手動で運用する。


 何とも馬鹿げた話だ。人間と人工精霊との能力差は歴然なのに。


 自暴自棄の悪あがきか……と、彼――人工精霊『月光』は侮った。


 彼はエドガーという男をまだ知らない。




 しかし、その十分後、月光は魅了される事になった。


 ん――? ん、ん、んん?? 

 はぁ!? そんな方法ありか。


 はえーっ、すっごい。


 いや、これ間に合うかもしれん。

 人間やるやん。七十年での進化すごい。


 彼の観測するのは外界だけにとどまらない。


 今彼の本体であるコアを通過する様々な情報、制御コマンド、使用者の意思、そんなようなものをリアルタイムで彼は傍観者として見ていた。


 魔粒子縮退炉キュクロープスの霊子障壁が次々と突破されていく。


 新生される防御プログラムは先回りされ、予め用意されていたコードにレジストされる。


 すべてがリアルタイムでの攻防だ。


 魔導機関の思考速度に人間が勝つのは不可能。


 だが、すべてが先回りし、対策が用意されていれば?


 霊子障壁も抗性回路も設計した人間がいる。その癖を知っていれば対策は可能だろう。


 だが、それを限られた時間でやる馬鹿はいない。


『あ、時間がもう来るなぁ。でもこれ……嘘だろ? やるじゃねーか、人間!』


     ◇



 3・2・1


 制限時間として設定したカウントが0に向かう。


 事の経過を見守っていたステラの顔色は蒼白を通り越して、虚無に至っている。


「さぁ、これで、どうだ!」


 端末を操るエドガーは、少年の様な笑顔で、最後のコマンドを、キュクロープスに叩きこんだ。



  ◆◆◆



「姫さん! 急に『一つ目』がおとなしくなりやがった!」


「出力、どんどん正常化していきます。すごい、一気に黙らせた……」


「制御権、来るよ」


 警告灯に照らされていた指揮所内に一気に通常の照明が灯る


『グラナダワークス、ナンバー7。魔粒子オーディック縮退炉『キュクロープス』 通常復帰しました。ようこそ、マイロード』


 管理人工精霊が、無機質な合成音声でアナウンスを開始する。


 張りつめていた現場に一気に安堵が広がった。


「……はぁ、あっという間だった。これはすごい新人がやってきたものね」


 姫と呼ばれた人物。


 ラブリス・ティア・アマルティアはごそごそと魔導鎧のヘルメットを脱ぐ。


 ふわりと広がるゆたかな赤毛。


 少したれ目の優し気な瞳だが、隠しきれない高貴さをまとう。


(流石に、管理部の子たちには残ってもらう必要があるけれど、おそらく自分たちがする事はもう何もないわ。彼、完璧にやり遂げたのね……)


 それならもういいわね。ちょっと疲れちゃったし。


 ラブリスは、少し笑ったあと、凛とした声で皆に号令をかけた。


「さぁ、みんな、凱旋しましょう! 今日のお仕事はここまでよ!」


 指揮所内に怒号にも似た歓声が響く。


 九死に一生を得た、ユルシカ部隊のメンバーの興奮は並のものではない。


「はぁ、なんだこの作戦、すげぇじゃねぇか。頭おかしいな!」


「新人だってよ。命の恩人だぜ!」


「刺激的な展開……。俺は好きだぞ」


 次々にヘルメットが脱がれ思い思いに騒ぎ出す。


 厳ついが、みな気のいい男たちばかりだった。


 それを眺め、ラブリスは通信機に語り掛けた。


 君のおかげ。ありがとう。という気持ちを込めて。


「エドガー君もサンキューね。帰ったらお祝いしましょう」


  ◆◆◆


「お役に立てて光栄です、大佐」


 通信越しでも現場の歓声は聞こえていた。


 いきなりの大仕事だったが、よくできたとエドガーは安堵のため息をついた。ステラも目を輝かせて、すごいすごいと興奮が冷めやらない。


 地震もすっかり止んでいる。これで問題は解決だろう。


 エドガーの最初の戦いは無事勝利で幕を閉じたようだった。


 はぁ……、


 とエドガー、一気に脱力する。


(それにしても、この基地いい……、上司の理解もあるし、設備も最高。しかも地下に縮退炉だって⁉ 動力使い放題って事だよそれは!)


「最高だぁ……。幸せだなぁ……」


「え、どうしちゃったんですか、エドガーさん……」


「んふふ。何でもないよ」


 いぶかし気に見るステラをよそにエドガーは考えていた。


 まずは、動力をドック全体に接続して、中央制御機構を復旧させるだろう? 


 錬金加工肢の状態もチェックしなきゃな。


 操作する人員はいないけど、まぁそれはおいおい。


 兵器開発の件も合わせて、大佐におねだりしちゃおうかな。


 そんな風に想像をたくましくしていた時だった。



『よぉよぉ、兄ちゃんやるじゃんか』


 突然、スピーカーからあふれだしたのは、無機質な合成音声。


 合成音声と言えば、人工精霊だが……


『見てたぜ。俺さまちゃんの一部を使ったとはいえ、あの『一つ目』を黙らせる手並み鮮やかだねぇ!』


 人工精霊にしては、喋り方が流暢すぎた。


『なに惚けてやがるんだ? お前の横にいるだろ。俺様ちゃんは月光。魔導艦艇コアユニット用人工精霊、パーソナルネーム『月光』だ。お前さん、気に入ったぜ。俺様ちゃんの相棒になれ。世界、変えてやるぜ?』


 エドガーは本体たる、魔導コアに目を向ける。


 月光は低い作動音をさせ、淡く発光していた。


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