外伝
119.誰よりも近い大切な人
「気をつけるのよ。エル」
「うん、ありがとう。リリー」
にっこり笑う。月光のような銀髪と琥珀色の瞳を持つ僕の義姉だ。綺麗で優しくて、剣が強くて凛々しい。儚い感じのお母様や、お転婆な妹のセラフィナとは違った。僕はリリーが大好きだ。
「リリーじゃなくて、お姉様でしょ?」
叱る口調なのに、本気で怒ってない。いつだってリリーは僕に甘いんだ。義弟だからだけど、僕は弟で終わる気はないからね。
「リリーお姉様でいい?」
「それならいいわ」
にっこり笑うリリーの顔は本当に綺麗だ。皮一枚の美しさじゃなくて、内面から滲む感じ。僕に対するのと同じ微笑みを見られるのは、家族だけだった。今はそれでいい。僕はリリーと家族のままでいたい。大人になって結婚しても……僕とリリーの家族の形を維持したかった。
剣を握り始めて、手のひらが硬くなった。指にタコができて、皮が捲れ血が滲む。とても痛いが、これもリリーが通った道だと思えば嬉しい。
「帰りも一緒がいいな」
甘える弟の顔で強請れば、リリーはあっさり頷いた。今日は高い位置で一つに結んで三つ編みにしている。結び目に絡めたリボンは、僕が誕生日に贈ったプレゼントだった。
「そのリボン、付けてくれてありがとう」
少しだけ赤くなるリリーの頬に気付かないフリで、僕は友達に挨拶して離れた。振り返ると、リリーは頬を両手で包んで踵を返す。見込みがないわけじゃない。
お祖母様に聞いて、僕は知ってる。義姉であるリリーと僕は血の繋がりがない。僕は妹と半分だけ血が繋がり、義父は妹としか血縁関係がなかった。分け隔てなく愛され、大切に育ててもらっている。
成長したらリリーは、アルムニア公国の女大公になる。僕はカルレオン帝国のエリサリデ公爵家を継承すると決まっていた。でも女大公の夫になれるなら、妹のセラに公爵の地位を譲りたい。そう話したら、セラは大笑いした後「いいわ、協力してあげる」って偉そうに言った。
まだ7歳なのに、女性って怖いよね。僕は明日で11歳になる。リリーはもう15歳で、早くしないと婚約者ができちゃう。お誕生日の場で、お義父様やお母様にリリーと結婚したいと願いでるつもりだ。
「なあ、エルの誕生日だけど……本当に誰も呼ばないのか?」
「ん? 家族だけで祝うよ、クレト」
茶髪の友人はくしゃりと前髪を乱して、肩をすくめる。侯爵家の次男で、優秀な奴だ。僕と主席を争っていて、愛称で呼び合う最高の親友だった。
「ふーん、それなら先にプレゼントを渡しておくよ」
無造作にポケットから取り出した箱を開ければ、房飾りが出てきた。剣に付けるのが流行っている。礼を言って、有り難く取り付けた。色が銀糸で琥珀の飾りがついてるあたり、僕の趣味をよく理解してるよ。
「俺の時は金糸に蒼い玉飾りで頼む」
誕生日はわずか一週間ずれ。もちろん言われなくても用意してある。
「わかりやすい奴」
「いいじゃないか、未来のお義兄様」
馴れ馴れしい友人の絡まりやすい茶髪をぐしゃりと乱した。むっとした顔で直す彼の瞳は青。透き通る色は空とも水とも違う。可愛いセラに惚れていて、いつも僕に会いに来るフリでセラを探すんだ。
「セラが嫌だって言ったら、終わりだからな」
「そうならないよう勉強も鍛錬も頑張ってる。俺は本気だ」
「知ってるよ」
世間で11歳はまだ子ども。だけど、僕達は恋を知り愛を捧げる意味を理解している。僕は義姉リリアナと結婚したいし、友人のクレトは妹セラフィナに惚れていた。握った拳を合わせて、にやりと笑い合った。
この恋を諦める気はない。
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