112.忘れられない一夜

 お披露目の宴が一段落したところで、眠そうに目を擦るリリアナを連れて先に退場する。再婚なので、初夜の花嫁の役割は理解していた。ましてやオスカルは初婚だもの。


 部屋でリリアナと湯浴みをして、先に彼女を寝かしつけた。乳母のバーサが連れて来たエルも、一緒にベッドへ寝かせる。今夜はバーサとお母様が、交代で部屋にいてくれるの。とても助かるわ。


 安心して自分の身支度に入った。香油を髪に絡め、指先を桜色に染め直す。薄化粧を施し、レースで作られたナイトドレスを身に纏った。当然透けてしまうので、上にローブを羽織る。ロングコートのように襟から足首まですっぽり覆い、首のところで結ぶ。内側からローブを掴んで、そそくさと移動した。


 寝室は間接照明のみで薄暗く、キャンドルや花びらの演出がなされている。嬉しいのだけれど、恥ずかしいわ。緊張しながらベッドの端に腰掛けた。すぐにノックの音がして、びくりと肩が揺れる。


「はい」


「……っ、綺麗だよ。ティナ」


 入室して息を呑んだオスカルの言葉に、頬が赤くなる。だって、まだ恥ずかしくてローブが脱げないんだもの。合わせ目をしっかり掴んだ指から力を抜き、ひとつ深呼吸した。立ち上がって自分で紐を解くべき?


 オスカルはプレゼントを自分で開封したい人かしら。それとも開封された中身を重視する? 分からないので視線で問う。微笑んだ彼は近づき、ローブごと私を抱きしめた。


「解いて見せてくれる?」


 囁く彼に押し倒され、優しく口付けられた。するりと紐が解けて、前が開く。恥ずかしさに潤んだ私の目元へキスが送られた。


「愛してる、ティナはとても素敵だ」


 愛を告げるオスカルの前に全てを曝け出した。咄嗟に胸元を隠していた手を解き、彼の首に腕を絡める。ゆっくりと影が重なって、私達は忘れられない一夜を過ごした。







 10日ほどゆっくり過ごし、私達は寝台馬車に揺られて、アルムニア公国へ向かった。リリアナとエルが一緒よ。お父様はぎりぎりまで仕事をして駆け付けるし、お祖父様も同じ。お祖母様とお母様は別の馬車で同行する。ひいお祖父様とオスカルは、愛馬に跨って馬車の隣を走った。


 皇族の移動は警護が大変だ。以前にモンテシーノス王国から逃れた時と同じ、テントや野営道具を積んだ荷馬車も列に並んだ。一日あれば移動可能な大公屋敷と宮殿だけれど、今回はわざと森で一泊する。そのためお昼過ぎに宮殿を出発した。


 アルムニア公国との境は、他国の国境より近い。実質的に皇族の直轄領と見做した過去が影響していた。アルムニア公国以外で一番近い国境まで、馬で騎士が三日かかると聞く。


「近くていいわね」


 お母様は緊急時に駆けつけられる距離、という嫁ぎ先に大満足だった。お祖母様は久しぶりの馬車で酔ってしまい、いつもより多めに休憩を取る。一泊する予定にして正解だったわ。


「尻が痛い……」


「鈍っておられるようですな、先皇陛下」


 泣き言をベルトラン将軍に揶揄われ、ひいお祖父様と手合わせが始まる。もう止めようなんて思わない。だって楽しそうなんだもの。それに将軍閣下が勝つに決まってるわ。

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