111.神殿へ愛の証を奉納する

 カルレオン帝国に国教の指定はない。統合した国々の支持した宗教はあるが、地域の神様のような扱いだった。その意味で、宗教はどれを選ぶのも自由だ。同時に、他所の神様を否定しない決まりがある。


 国内で祀られる神々を象徴する神殿はあるが、一人の神像を置くことはなかった。神々の象徴とされる一枚の絵画があり、すべての神が収まっている。ここで参拝すれば、一度ですべての神様に祈りが届くと言われてきた。


 多神教と表現するらしい。そのため帝国を束ねる皇族は、結婚式の愛を神様へ誓わない。寄り添う国民に対して、支えてくれる親族や貴族へ向けて誓うのだ。二人で考えた言葉を並べ、最後に向き直ってヴェールを上げてもらった。


「ティナ、君を永遠に愛すると誓う」


「オスカル。私も同じ気持ちですわ」


 唇を重ねる僅かな間に、お互いへの愛を誓った。わっと人々の拍手喝采が広がり、広間が騒がしくなる。席次も関係なく近くの人と手を取り合い、祝い、宴へと突入した。


「おめでとう、ティナ」


 お母様は乳母バーサからエルを引き取り、私の腕に抱かせてくれる。一人でつかまり立ちした頃から重くなり、今も精一杯だった。するとオスカルが、隣からエルを引き取る。


「エルは私の息子だぞ。そろそろ父親に交代の重さだろう」


 くすくす笑いながら示された先で、リリアナは侍女に涙や鼻を拭いてもらい、リップを直しているところだ。可愛く整えてもらい、天使のような銀髪の少女は微笑んだ。


「リリアナ、神様達にご挨拶にいきましょうか」


「はい!」


 皇族の他は来賓の王族のみが神殿へ向かう。他の貴族は私達を見送った。宮殿の敷地内にある神殿までの道は、両側に花が植えられている。常に花を絶やさず、捧げ物にしてきた。花の道をゆっくり進み、リリアナは緊張した面持ちで先頭に立った。


 事前に説明した手順通り、神官が出迎える。一緒に神殿へ入り、リリアナは侍女から受け取った金の小鳥を、紫の宝石箱に収めた。両手で持ち、しっかりと祭壇前で一礼する。神々の絵の前に、他の皇族の納めた金細工の動物が並ぶ。


 神様の前では無言、なぜなら人の吐く言葉は穢れと考えるから。リリアナはリップを塗り直した唇をきゅっと引き結び、黄金の小鳥が載った宝石箱を指定された場所へ置いた。ほっとする。無事に役割を果たした娘が戻ってくるのを待って、私達も一礼した。


 これで儀式は終わり。結婚したことを国民に知らせ、私達は晴れて夫婦となった。すごくドキドキするわ。リリアナと手を繋ぎ、右隣の夫オスカルを見上げる。慣れた手付きで小ナサニエルを抱く彼は、私の視線に気付いて微笑んだ。


 神殿を出て、再び大広間へ歩き出す。来賓の王族が次々と声を掛けた。すべてが祝いの言葉で、これからの人生に祝福があるようにと締めくくられる。微笑んでお礼を告げ、ふと気づいた。


 モンテシーノス王国のカルロス王がいらっしゃらないわ。小首を傾げたものの、私はすぐに思い直した。あんな騒動を起こしたんだもの、来られるわけがないわね。きっとお祖父様達も呼ばなかったんだわ、と。

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