66.一緒にいていいですか?

 ダンスを踊っていたフロアの老紳士が倒れ、咄嗟にパートナーの妻が受け止める。鮮やかなグリーンのドレスに、赤い血のシミが広がった。背中を刺されたのか。夫人は手で傷口を押さえた。


「誰か、この人を助けて!」


 叫ぶ声に侍従達が駆けつけ、警護の騎士が周囲を固めた。すでに犯人は取り押さえられ、手足の拘束だけでなく猿轡も咬まされる。身動きできないよう、幾重にもロープが巻かれた。


「宮廷医師を呼べ! 警護、人員を増強せよ」


 ひいお祖父様の号令がかかり、一斉に使用人が動き出す。仕事を片付けていたお祖父様が、この騒ぎに気付いて駆け込んだ。怯える夫人やご令嬢を庇う形で、夫や兄弟達が立ちはだかる。その視線の先は、さきほど連れ出されたオロスコ元男爵だった。


 グラセス家に騙されたことは、被害者と言える。だが娘が傲慢に振る舞い、公爵家の婚約者を名乗って民を虐げようとしたのは事実だ。その上、ただのカップルだと思って絡んだ相手が、皇族だった。この時点で己の不徳を恥じて、大人しくなるのが普通だ。


 子爵から男爵に落とされたとしても、貴族の家名は残る。それを不服として皇族主催の夜会で騒ぎ、男爵の地位さえ剥奪された。捕まってなお害を及ぼそうとする愚かさに、集まった貴族は絶句した。


 傷つけられた男性は、伯爵家当主なのだ。オロスコ元男爵の首を落としても、その罪は贖いきれない。一族は分家に至るまで断首となるだろう。


 血に濡れた短剣が転がるフロアで、騎士達は今度こそ彼を担ぐように運び出した。もごもごと何かを吐き捨てるように騒ぐ塊が視界から消え、ほっとして崩れ落ちる女性も現れた。


「手当を急げ。夜会は中止とする」


 延期ではなく中止。今回の騒動の大きさを考えれば、当然の発言だ。私は震えながら、オスカル様の背中を見ていた。何も見せないよう、これ以上怖い思いをしないよう、壁になってくれている。


「……落ち着いてください。大丈夫です。もうあの男はおりません。リリアナもおいで」


 お母様が咄嗟にエルを抱き上げ、お父様がリリアナの視界を塞いだ。そのため、リリアナは叫ぶ声しか聞いていない。怖かったのだろう、泣き出しそうな顔でオスカル様の足にしがみついた。


「っ、おとぉさまぁ」


「心配しなくていい。リリアナは私が守る。ずっとそうだっただろう?」


 はっとした。リリアナは心に傷を負っている。幼く記憶が曖昧でも、拒絶された恐怖と痛みは憶えているはず。そこへ怒声が響き渡る状況が重なり、さぞ怖い思いをしただろう。そんな時に、守ってくれる父親を私が奪ってしまった。


「ごめんなさい、リリアナ。私がいけないの」


「おねさま、ケガしてない?」


「っ……平気よ、優しい子ね。リリアナ」


 膝を突いて強く抱きしめてから、オスカル様に引き継いだ。指揮を執るお祖父様達に促され、先に屋敷へ引き上げることになった。お父様は手伝いに残り、私達は馬車に乗り込む。揺れる馬車の中で、あまり会話はなかった。


 屋敷へは早馬が知らせに向かったようで、心配そうな使用人達に迎えられる。そこで家令サロモンから、伯爵夫妻は命に別状はないと聞いた。ほっとして、詰めていた息を吐き出す。


「今夜はすぐ休んだほうがいいかしら」


 お母様の言葉に頷きかけて、首を横に振った。


「いいえ、お父様が戻られるまで待ちたいです。一緒にいていいですか?」


 お母様はお父様が戻るまで、居間で待つでしょう。だから、私も一緒にいたい。エルと二人の部屋は静かで、きっと思い出してしまうから。


 まだ震えの止まらない私に微笑み、お母様はソファを勧めた。


「リリアナと私も、同席させていただけますか? 頼りないでしょうが、お守りいたします」


 オスカル様はそう告げて、空いた長椅子に座る。客間からベッドが運び込まれ、お茶の用意が整った。しかし手をつける者はなく……お茶はゆっくり冷えていった。









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