67.慣れたはずの部屋で震える

 お父様が戻られたのは夜明け前。明るくなり始めた紫色の空を見上げる頃だった。お母様は心配そうに声をかける。


 オスカル様は、あの場に残れなかったことを詫びた。


「構いませんよ。幼いリリアナ嬢がいる。それに我が家の宝達を守ってくださったのですから」


「そう仰っていただくと、助かります」


 お母様や私、エルのことね。戻る時も、護衛の騎士はいたけれど、オスカル様が不在ならもっと怖かった。どこからか襲われそうな気がして、夜会の広間に響いた悲鳴や怒号が忘れられない。


 もしベッドに入って眠ったとしても、悪夢に魘されただろう。その意味で、頼れる男性が同行してくれて助かった。


「オスカル様、こんな時間までお呼びとめして申し訳ありません」


「私の意思です」


 居間に運び込まれたベッドには、リリアナが眠る。エルもベビーベッドで、すやすやと寝息を立てていた。二人を見ていたら、眠くなってくる。


「話は起きてからにしよう。少し眠った方がいい」


 お父様の言葉に従い、皆で休むことにした。リリアナを抱き上げたオスカル様は、客間へ。お父様を気遣うお母様を見送り、私はエルを抱き上げる。ベビーベッドは侍従が運ぶので、任せた。


 部屋に入り、侍女の手を借りて着替える。お風呂は起きてからにした。夜明けのこんな時間まで付き合ってくれた侍女や侍従にも、しっかり休むよう命じておく。そうしないと、仕事を始めそうなんだもの。


 人がいなくなると、見慣れてきたはずの私室が怖い。窓の外に誰かいるのではないか? 葉の影が揺れても気になった。エルのベビーベッドを、ギリギリまで引き寄せる。何かあっても手が届く位置がいい。


 横たわって動けないのが怖くて、クッションを枕元に集めて寄りかかった。このまま休もう。体は疲れを訴えて、意識が眠りに攫われていく。あと少しで眠りに落ちる、というところで物音に飛び上がった。


「っ!」


 部屋中を見回すが、分厚いカーテンが閉ざされた室内に誰もいない。震えながら丸まろうとした時、今度は聞き違えで済まないノックの音が控えめに聞こえた。


「どなた?」


「起こしてしまったらすみません。オスカルです。リリアナがどうしても、一緒にいたいと」


 最後まで聞く前に、わずかに扉を開けた。家令のサロモンが付き添う形で、オスカル様に抱き上げられたリリアナが見える。もう少し扉を開けると、リリアナが両手を伸ばした。


「おね様、一緒にいていい?」


「ええ、いいわよ」


 オスカル様は申し訳なさそうに何度も謝り、リリアナを置いて客間へ引き上げた。未婚の男女なので、サロモンが同行したのね。


 手を引いてベッドに戻れば、ソファからも集めた大量のクッションに、リリアナが大喜びする。並んでベッドに横たわり、クッションに身を預けた私に抱きつく。リリアナは「怖いんじゃないのよ、ただ知らない部屋だったの」と言い訳をした。


 彼女の銀髪を撫でながら、私は小さな温もりに安心して目を閉じる。ようやく眠れそうだわ。

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