58.お屋敷の予定地が決まりました

 晩餐の間は、今日見た土地の話で盛り上がった。迎賓館を貰えると知らなかったお父様が事前に調べていたの。御屋敷が建つほどの空き地は少ないみたい。街の向こう側にあった空き地は、お父様も検討した際の資料がある。後で渡す約束をしていた。もしかして、あの土地に決めるのかしら。


 私は食事の前に授乳を済ませ、着替えてきた。どの服にするか尋ねる侍女に、少しだけ華やかな物をお願いする。だって、家族だけでなくお客様もいるんだもの。お母様は私の装いを見て目を細め、アクセサリーの変更だけ指示した。ブローチをカメオへ変更する。


 花束のブローチより、カメオの方が大人っぽく見えた。さすがはお母様だわ。感心しながら食卓についた。長いテーブルの中央から向こうは、いつも使わない。お母様と並んだ私の向かいに、オスカル様が着座した。向かい合わせで微笑み、お父様の話に相槌を打ちながらワインを傾ける。


 やっぱりカッコいいわ。大人の男性といった感じね。お父様とは違った魅力があった。華やかさ?


「この兎肉は柔らかいですね。料理人を引き抜きたいくらいです」


「それは勘弁していただきたい。我が家の自慢のコックですよ」


 お父様と歓談するオスカル様が、私へ視線を向けた。付け合わせの野菜を口に入れたところで、慌てて噛んで飲み込む。


「バレンティナ様は、最後の候補地が気に入ったようでした」


「え、ええ。私はあの土地の自然が素晴らしくて。この屋敷の森に似ていますし」


 距離も近くて、リリアナが滞在するようになったらいつでも会えそう。そんな打算も少しある。リリアナはとても可愛らしかった。出来るなら、娘も欲しかったのよ。元夫の余分な言葉がなければ、次は女の子が欲しいと思ったでしょうね。


「そうですか。あの場所に屋敷を建てたら、ぜひ遊びにいらしてください」


 最後の候補地に決めたのだと聞き、嬉しくなる。口元が緩みそうになり、ドレッシングを拭うフリでナプキンで隠した。


「自然を生かした素敵なお屋敷になるでしょうね」


「そのつもりです」


 一から建てることになるので、数年がかりの大工事だった。数年後……それを楽しみに思える。未来は開けていて、私は選ぶことが出来るの。もう奥様ではないから。何かをするたびに「侯爵家の権威」やら「我が家の仕来り」に縛られる必要はない。


「楽しみです」


 震えそうな声を、平静さを装って抑える。食後は男同士の話があるといって、お父様がオスカル様を連れ出してしまった。残念だけど、邪魔は出来ないわ。お母様と部屋に戻り、可愛いエルの頬を突く。


「今日の外出の話を聞かせて頂戴」


 土地の話ではなくて……そう匂わせたお母様に、出来るだけ普通に聞こえるようスイーツの話をする。街の中を一緒に歩き、腕を組んだこと。お店に並んだ際に出会った、女性の話など。話し始めたら止まらなくて、お母様は相槌を打ちながら聞き手に徹してくれた。


「それで帰りは違う靴だったのね。ヒールでも折れたのかと思ったわ」


 からりと明るく笑うお母様とお茶を飲んで、ナサニエルの様子を確認する。すやすや眠る様子から、しばらく目覚めそうにない。数時間後の授乳まで眠ることにした。お母様の退室を待って、寝着へ着替える。ベッドへ横たわって夢うつつの中、馬車の音が聞こえた気がした。


 ああ、お見送りしそびれてしまったわ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る