59.愚か者には相応の罰を――SIDE次期大公

 グラセス公爵家――現皇帝であるリカルド陛下の末妹が降嫁した家として知られる。嫁いだ皇女殿下が亡くなったのを機に、先代は公爵の地位を長男へ譲った。由緒ある侯爵家から妻を娶った彼は、長女リリアナを得た後で妻を亡くした。ここから公爵家の没落が始まる。


 まだ独立していなかった次男オスカルこと私は、大公家への養子縁組が決まりかけていた。その大事な時期に、新公爵は伯爵家から後妻を迎える。喪に服すにはやや短い期間であり、周囲の貴族からは「愛人を家に引き入れた」と噂された。事実は定かではないが、そう思われても仕方ないだろう。


 嫡女リリアナはまだ1歳、物の好き嫌いが出始める時期だった。新しく現れた義母に「嫌」を連発し、近づくと泣きだす。新しい母に馴染めない娘は、徐々に家で居場所を失った。義母が采配を揮う公爵家の中で、彼女の味方は叔父であるオスカル・ラ・グラセスのみ。


 結局、大公家への養子縁組の条件として「義娘リリアナの同行」を提示して、兄から親権を奪い取った。抵抗もせず先妻の子を手放したことで、グラセス公爵家の名誉は地に落ちる。正当なる後継者を庇護せず、愛人の好きにさせた。その噂を私は否定しなかった。


 落ちていく実家に見切りを付けたのもあるが、父である先代公爵が無言を通す状況にも失望したのだ。リリアナは大公家の嫡女として、未来の女大公に据えられた。


 この事実は皇族の中でも重要視され、侯爵家に降格となった。この時点で、先代に降嫁があったことによる恩恵を取り消したのだ。降嫁した皇女が鬼籍だった影響も大きい。本来ならリリアナまで継承される公爵位は、この時点で白紙となった。跡取りを虐待した罪で、爵位をさらにひとつ降格される。


 最終的に後妻に入った伯爵令嬢と同じ地位まで落ちた。ここで足掻くことをやめればよかったのだ。それ以上落ちることはなかったのに……彼らは愚かな手を打った。まだ公爵家の名が残っている間に、すでに除籍した弟の名を騙って数人の貴族令嬢に釣り書きを送る。


 うまくすれば、集めた金でどこかの爵位を買うつもりだった。すべて後妻のアイディアだが、公爵も反対しない。愚かな二人の策に引っ掛かったのは、二人の女性だった。その片方が、エリサリデ公爵令嬢バレンティナ様と次期アルムニア大公である私に無礼を働いたのだ。


 捕らえた令嬢は子爵家の娘で、本気で私と婚約が成立したと思い込んでいる。その理由が、大量の結納金だった。結婚時に持参金を持たされるのは当然だが、婚約の結納金は通常支払わない。だが子爵家は、公爵家次男と婚約するなら金を積んでも縁を結びたかった。


 一気に高位貴族の仲間入りをする。勘違いした令嬢は暴走し、街で騒動を起こしていた。そのひとつが、今回の無礼であり……当然、事情があれど許されるはずがない。子爵家は帝都へ10年の出入り禁止が言い渡された。無礼を働いた子爵令嬢の結婚は絶望的だろう。


 彼女がただ騙された被害者なら、ここまで厳しい措置は取られなかった。すでに公爵家の一員だと思い込み、街中で働いた暴挙が原因だ。それはバレンティナ様に対する騒ぎだけでなく、次々と明るみになった。公爵の肩書きを恐れ口を噤んでいた貴族が、告発を始めたのだ。


 皇帝の招集があっても顔を出せない。貴族として、事実上の終了だった。もう一つの婚約は伯爵家だったが、騒動を知って慌てて取り下げる。大きな騒動を起こしていなかったため、伯爵家は厳重注意だけで済んだ。


 グラセス伯爵家は、皇族の縁類を示す「公爵」を勝手に自称した罪で有罪。領地にいる先代公爵を含め、貴族としての爵位を剥奪された。平民として放逐されることが決まり、帝都への出入り禁止も同時に言い渡される。


 最後の温情として、屋敷内にある金目の物を持ち出すことは許されたが……この時点で、使用人が退職金代わりに資産を持ち出しており、ほとんど残っていなかったらしい。


「いいのかね?」


 厳し過ぎやしないか。そう尋ねるエリサリデ公爵アウグストへ、私は微笑んで答えた。


「構いません。私にしたら軽すぎるくらいですよ」


 実家にはほとほと愛想が尽きた。そう嘆いた私に、アウグストはとっておきの蒸留酒を取り出した。まだ開封していない秘蔵の酒瓶を振ってみせる。


「どうかな、開封に付き合ってくれないか」


「光栄ですね」


 事件は解決され、彼の名誉は回復された。その祝いは、密やかに乾杯で始まり……深夜の公爵夫人の「いい加減になさって」の一言でお開きとなった。

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