53.時間は飛ぶように過ぎた
侍女達は大喜びで、身なりを整えてくれた。街に出るので少し裾が短いものを。でも公爵家の品位に相応しい装いで、華美になり過ぎないよう。あれこれ言われたが、半分も聞いていなかった。
どうしよう、お父様は同行しないのよね。誰か一緒に来るのかしら。お母様はお祖母様と約束があるみたいだし。エルを預かってくれるのは助かるけれど。悩んでいる間に、街歩きの公爵令嬢が完成していた。
紺色のワンピースは、白い刺繍が美しい。胸元の花がちらほらと裾へ向かって散るようなデザインだった。白と紺で清楚に仕上げられた生地に、真珠の耳飾りや髪飾り。胸元は白いレースの飾り襟が巻かれる。
「完璧です、お嬢様」
「ありがとう……」
お嬢様の呼び名も、出戻った手前恥ずかしい。モンテシーノス王国では考えられないけれど、カルレオン帝国は離婚や出戻りの後は、実家のご令嬢として再び嫁ぐ人もいるくらい。
革新的な国だから、出戻ったらお嬢様なのだろう。お父様やお母様の呼び名を変えるわけにいかないのだから。
帝国へ共に引っ越した使用人達は、生き生きと働いている。モンテシーノス王国より暮らしやすいので、親戚も呼び寄せたいと家令サロモンへ相談が寄せられた。働き口の紹介をどうしようか迷っていると聞いたけれど、大公家が新しい使用人を募集するはずなので、提案してみよう。
もちろん、我が家で問題ないと判断できるレベルまで、教育することも含めて。お父様は反対しないと思うわ。
玄関ホールへ出た私は、待っていたオスカル様に慌てた。
「お待たせしましたか?」
「いえ、早く着きすぎました」
ぽんぽんと時計を指差す仕草に、遅刻ではないと知って安心する。エスコートされて馬車に乗り込めば、執事のティトが同行した。出戻りでも未婚令嬢となれば、執事の同行は必須だった。侍女も二人、同行する。そうよね、二人きりなわけがない。
今更ながらに思いいたり、顔を赤らめた。恥ずかしい。馬車は動き出し、オスカル様はオルムニア大公領の話を始めた。退屈しないように気を遣ってくれたみたい。赤い布に興奮する牛から逃げ回る祭りや、トマトを投げ合う祭りなど。
私の知らないお祭りの話に、質問や相槌で時間は飛ぶように過ぎていった。馬車が止まったのは、街の反対側に近い土地だ。広くて平らで、少し高台なので見晴らしもいい。ぐるりと見回し、オスカル様はすぐに戻ってきた。
「他に2つほど候補があります。そちらも見てみましょう」
反対する理由はないので同意し、馬車に揺られる。行きは街の外周を回るように進んだが、今度は街の中央を抜ける。華やかで賑わいのある風景に目を奪われた。
王都でさえ、こんなに人が多くなかったわ。帝国と王国の規模の違いを、まざまざと見せつけられた。次の候補地は中心地にほど近い、騒がしい地域だ。立派な建物が建つ中古物件で、門の内側へ入ると音は半分ほどになった。
「騒がし過ぎますね」
「賑やかですが、家でお勉強するリリアナ様には誘惑の多い場所のように思います」
母親として、子どもを一人で預けるとしたら選ばない。そう告げれば、オスカル様も同様の意見だった。
「最後の候補地へ行く前に、一緒に街を歩いてみませんか」
お誘いに目を見開き、頬を赤く染めて頷いた。
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